2012年12月28日金曜日

にんじん


  にんじん

かみさまはきらいにんじんならばすき

にんじんをくへばちきゅうはまるくなる

にんじんはおどつてゐるよくらのなか

にんじんをくふべしなみだながせるよ


  人 参

朝鮮の妻や引くらむ葉人参 其角

人参を食へば地球は丸くなる

人参は踊つてゐるよ倉の中

人参を並べておけば分かるなり 鴇田智哉


  
人 参

人参をきれいに洗ひ死の話 清水径子

人参を食ふべし涙流せるよ

神様は嫌ひ人参ならば好き

人参の絵がぬれてゐる種袋 阿部菁女



2012年11月7日水曜日

失せ物

そういへばブログをやつてゐたはづだとおもひ、ひらかうとしたがパスワードをわすれてゐる。ぜつく。すつたもんだのあげくやうやくひらけた。書くこともないが、何か書いてみる。







3分考えたが書くことを思いつかない。カップヌードル以下の頭である。仕方ないので、ツイッターで書いた句を並べてみることにする。


をみなごらみなめをとぢていへのなか

だれにしやうかなかみさまのいふとほり

うつくしいやみさへあればそこでまて


ほんとうは連作で百句くらいのまとまったものを作りたいと思っている。すこしづつズレていく短編小説の連作みたいな感じ。しかし、なかなか始動しない。


蝶飛べば蝶だと思ふのは何故か

ハロウィーン失せ物欄に見しわが名

十二月此処より北は死者の國

2012年8月20日月曜日

季節が「立つ」というのは陽光の問題じゃないかな、という気がしてきた。そうだとすれば地域差、個人差はあまりないかもしれない。気候の違う土地でも黄道は共通だから。それに対して、このへんまでが夏、その先は秋っていう季節の境目は 地域によって違うし人にもよる、と。

二十四節気


ひさ〜しぶりに週刊俳句をのぞいたら二十四節気がどうのこうのという文章がいくつか載っていた。ちゃんとは読まなかった。

うちでは夏の間は扇風機を壁に向け、窓を開け放って寝るのだが、7月の中旬くらいから以降は暑くて暑くて、夜中に眼が覚める。喉がからからになっているので、仕方なく起き上がり冷蔵庫の冷茶をコップ一杯飲んでがばっと蒲団に倒れ込む。乾燥していた肌から汗がダクダク出る。そしてまた眠る。そういうことを二度ばかりするうちに外が薄明るくなって烏が騒ぎだし、さらに少しすると熊蟬が鳴き出す。それが夏。

ところが、ある時期になると突然、夜中に起きる回数が1回で済むようになる。一度冷茶を飲むとそのまま朝まで眠れる。明け方が涼しくなるのだ。開けはなった窓から冷気が入り込んでくる。薄ら寒くなって、傍らに置いてあるだけのタオルケットを引っ張って掛けたりする。これが「秋が立つ」ということだと思う。そしてそれはちょうど立秋の頃である。その後は、扇風機を止めたり、夜中に開放している窓の開け具合が徐々に狭くなっていったりする。

もちろん、夜明け前後の短い時間が過ぎてしまえば、7月下旬と変わらない暑い夏である。しかし、太陽の高度が徐々に下がってくるので、朝の通勤は道路の南側歩道を通れば建物の影になって涼しい。この時季は日影と日向の気温差に敏感になる。それでかえって、太陽の光にうんざりしてくる。これはまさしく「晩夏」だと思う。

晩夏はどこまで続くか。これも経験上はっきりしている。高校野球が終わるまでである。高校野球のトーナメントが進むにしたがって徐々に夏は弱まっていく。それでも高校野球が終わるまでは、と夏が頑張っているのがわかる。遂に高校野球が終わって翌日か翌々日になると、夏は自ら倒れる。日中でも秋の風が吹く。ホントである。今年も来週には秋の風情が味わえるはずである。

これは僕の季節感である。立秋があってすぐに秋になるわけではなくて、夏の盛りが頂点に達したところに立秋が訪れ、そこからしばらくは夜明け前後の短い時間のみに秋が姿を現すものの、それ以外は晩夏という季節がつづき、あるときついに秋になるということである。

面倒くさくなってきたのでもうこれ以上書かないが、他の季節についても僕には似たような感覚がある。立春、立夏、立秋、立冬はそれぞれの季節が「立つ」時季に対応していると思うし、ただし、それがすぐに四季の交替に対応しているわけではなく、そこからある一定の期間の晩冬、晩春、晩夏、晩秋を経た後に、それぞれに節目になる事象があって季節が交替する、という感覚を持っている。

同じような感覚を持っている人は多いのではないかとおもうが、別にこんなことは多数決で決めるようなことではない。他の人、あるいは他の地域に住んでいる人にはそれぞれに季節感があるだろうと思う。僕自身はこのような季節感のなかで生きていて、自分の季節感に即した言葉をつかう。それだけ。高校野球が行われているこの季節は晩夏以外のどんな季節でもないと思うし、これを秋と呼ぶのはばかげたことだと思う。

2012年8月13日月曜日

昨日書いた

八月の鏡は闇を閉じ込めず

について。

この句は、最初、

   鏡は闇を閉じ込めず

という中七下五のフレーズがでてきた。このフレーズに明確な(散文的なあるいは論理的な)意味があるのかと言われれば、それは無い。しかし、では無意味なのかと言われるとそうではない。(詩的な)意味はあると思っている。が、ここではそれについては書かない。

この中下に組み合わせる上五を考えた。中下の(詩的な)意味をそのまま生かすための一つの方法は、無機的な上五を組み合わせることではないかと思った。

磨きたる鏡は闇を閉じ込めず
磨かれた鏡は闇を閉じ込めず

などを思いついた。しかし、鏡を形容するのに「磨く」を使ったのでは詩の世界としていかにも狭い。折角五音も使うのだからもっと広げなくてはと思った。それで、中下の(詩的な)意味を具象化することを考えた。元々、中下の十二音に散文的な意味はない。それをたとえば何かの具体的事物に結びつけることで、(詩的な)意味を実体化することができないかというわけだ。と考えた途端、

原爆忌鏡は闇を閉じ込めず

が出てきた。ちょっと戸惑った。中下の(詩的な)意味を、ある方向で具象化しているには違いない。しかし原爆忌は強い語だ。これを使うことで意味を具象化しすぎて、一種の思考停止というか、意味の大洋のただなかにぷかぷか浮いていた十二音がいきなりどこかの港のとある桟橋に縛り付けられてしまうようなことにはならないか。怯えた。

それでもう少し抽象化してはどうかと思った。

夾竹桃鏡は闇を閉じ込めず
晩夏光鏡は闇を閉じ込めず

などを思いついたが既に原爆忌に引きずられている。取って付けた感じでうまく収まらない。結局、

八月の鏡は闇を閉じ込めず

で止めてみた。これでいいのかよく分からないが、ある地点で踏みとどまっているとは思う。詩の広がりと具象化の二つの方向で考えてみたということだけ記録しておきたくなった。

2012年8月12日日曜日

8月12日


    鏡

紅梅やすさまじき老手に  田川飛旅子
奥深きを舐めて春の蠅  鷹羽狩行
春昼の愁ひをうつさざる  柴田白葉女
の背中恐ろし夏の恋  対馬康子
畳踏む夏足袋映るかな  阿波野青畝
冬の空罠かも知れぬ吊り鏡  小長井和子
冬の谷の中を行くごとし  高野ムツオ
耐えるため青空に割るかな  守谷茂泰


(気が付けば3ヶ月。しばらくあれやこれやから遠ざかっていたのですが、すこし時間というか余裕ができたのでリハビリ。俳句データベースで「鏡」を検索してみた。1000句以上あるのを一句一句読んで、気になるものを拾い出した。現状記録みたいな。)

八月の鏡は闇を閉じ込めず  くろやぎ

2012年5月10日木曜日

5月10日

□ 一昨日の記事の補足(蛇足ともいう)。僕は「飯島晴子は、はな子と山川さんのことを知っていたはずだ」ということを言いたかったわけではないらしい。そう書いてあるだろうといわれそうだが、そうではなくて、「ぞうばん、つがいという二つの読み方を重ね合わせて読むのが、読者である僕にとって最も幸せな読みだ」ということが一番言いたかったこと。その読みに至る道筋に晴子の自解があった、ということを言いたかったのだと思う。ここまでで言いたいことのほぼすべては尽きている。そのうえで、半ばささやかな願望として、作者である飯島晴子において「つがい」という読みを許容する意識があったのではないか、とも思っているというニュアンスを付けたかった、てなところ。

砂女さんのブログで一昨日の記事をご紹介いただいていた。砂女さんは殴られそうな強い短歌と優しい俳句を書かれるひと。恐縮至極。

2012年5月8日火曜日

ルビ


  げっこう   ぞうばん
月光の象番にならぬかといふ 飯島晴子

揚句について以前書いた記事(それは象なのか)の続きです。(この行、5月10日追記。)

4月24日にも書いたが、「自解100句選 飯島晴子集」というのがあって(私が読んだのは「飯島晴子読本」に再録されたもの)、その中に揚句が取り上げられている。初出の句集「春の蔵」ではルビは振られていないが、この自句自解ではしっかり「げつこう」、「ぞうばん」とルビが振られている。

自解によると、井の頭自然文化園で「鷹」の句会があったときの句だという。しかしなかなか句ができず、帰宅してその夜に、どうしても投句を揃えなくてはならない状況に追い込まれた。少し引用してみる。
机に向かって、その日出会ったものをもう一度隅から隅まで綿密にたどり直してみたとき、バケツのようなものを提げて長靴を穿いて象舎を横切る男の姿が出てきた。捲き戻すフィルムがそこでちょっと止まった。この辺に何とかなりそうなものがあるという漠然としたもどかしい感触。それから形に仕上がるまでの経路は全く覚えていない。ただ、沢山沢山いろいろに書いてみた。そして、「月光の象番にならぬかといふ」というところで句を止めた。
当然のことながら、句をどう解釈すべきかというようなことは一切書かれていない。

それはそれとして、これを読んでひとつ思い当たることがある。井の頭公園の象といえば「はな子」である。さらに「はな子」の飼育係といえば山川清蔵さんである。山川清蔵さんといえば「父が愛したゾウのはな子」である。父子二代にわたってはな子の飼育係をされた山川さんである。

ウェブの情報を適当にまとめる。はな子は1947年頃の生まれだそうで、戦後はじめて日本に来た象である。上野にいたりしたが、しばらくして井の頭に移った。1956年に、酔っぱらいが深夜に象舎に忍び込んだところをはな子が踏み殺してしまうという事件があった。このときは世間は同情的であったそうだが、1960年に今度は飼育員を死なせてしまった。そのため、はな子は両前足を鎖で縛られ象舎に閉じ込められた。その亡くなった飼育員の後に井の頭に異動してきてはな子の飼育係になったのが山川清蔵さん。その頃の様子については、息子さんが書いた文章などを見るとだいたい分かる。はな子の心をひらくためにずいぶん苦労されたようだ。

山川清蔵さんは定年を迎えた1990年頃まで、はな子の飼育係だった。飯島晴子の句は1979年の作なので、晴子が見た「バケツのようなものを提げて長靴を穿いて象舎を横切る男」は山川さんだった可能性が高い。

はな子はその頃すでに有名な象であったし、1977年に象舎の引っ越しがあって、11月25日付けの読売に「引っ越し大作戦 ゾウの花子さん 井の頭公園自然文化園 ちょっと心配」というかなり大きな記事が出ている。過去の事故のこと、山川さんの苦労のことなども詳しく書かれている。(余談だが、この記事によると、はな子が痩せこけたのは事故があって鎖に繋がれたからというだけではなく、前の飼育係がエサで言うことを聞かせるタイプの飼育をしていたために、もともと痩せていたらしい。それで山川さんが飼育するようになってから太ったとのこと。) このような記事は他にもあっただろうし、ひょっとすると、晴子はそのどれかを読んだか、そうでなくても、はな子と山川さんの話を聞いたことがあったのではないだろうか --- などと想像してみるのである。

そういうことを踏まえて、晴子の立場に身をおいてみる。はな子と山川さんの30年間の月日などをじんわりと想像してみる。それから、もういちど揚句を読む。

 げ っ こ う  の  ぞ う ば ん  に    な ら ぬ か と い う
月光の象番にならぬかといふ
 げ っ こ う  の   ぞ う つ が い に な ら ぬ か と い う


ほら、月光の影のなかにうっすらともうひとつのルビが浮かんでいるのがみえるでしょ(^^。

2012年4月24日火曜日

4月24日


□ 高山れおなさんは芸術新潮の編集の仕事をしているらしい。そうだとすると、これはベタだったかも。(それはさておき「れおな」という名前で女性と思う人もいるのか。)

□ 「飯島晴子読本」をぼちぼち読んでいる。むかし何かの本で出た自句自解の文章が収録されていて、取り上げられた句には、ご丁寧にもすべての漢字にふりがなが振られている(初出の句集で振られているルビ以外も!)。「月光の象番にならぬかといふ」には「げつこう」、「ぞうばん」と振られている。ふうむ。まあよい。

無形文化財。流石、千年の都。

(このテーマの色設定では、リンクが見にくい。)

2012年4月22日日曜日

天網


天網は冬の菫の匂かな 飯島晴子


「天網」などという語は、年寄りが「天網恢々疎にして漏らさず」などと言う時くらいしか使われないものだと思っていたので、意表を突かれた。 しかし、天空に網が広げられているという空想は、これはなかなか詩的であると言えば言える。

辞書によれば、「天網」は老子に出て来る言葉で、天帝が張り巡らした観測網、警戒網のことだそうである。何人も逃れることはできない、と。 それで思い出したのだが、子どもの頃、天空に 誰かがいていつもその目で見張られているような気がしていた。あれは、天網が見えかけていたのかもしれない。

などと漢語をつかって偉そうなことをいうほどのものでもなくて、おてんとうさまと言えば足りることである。もっとも「天道」もまた漢語だ、多分。しかし、天道というと天の道だが天網といえば網である。広がる空想は大きく異なる。そこが詩語。

天網に青条揚羽捕らはるる くろやぎ

網があれば蝶がつかまる。なんという単純な真理。青条揚羽はアオスジアゲハ。片仮名で書けば分かりやすい。漢字で書くともっともらしい。

天網に囚はれたまま死なぬ蝶

その条を星座となして果つるとや

天網に捕まったら死ぬのか、死なぬのか、そこがわからない。「老子」には書いてあるのだろうか。

天網の夜更けて蜘蛛の這い出る

天網の主北天を登り詰め

網と言えば蜘蛛、蜘蛛と言えば網である。単純なる真理。天空一面に網を張りめぐらせた天帝の正体とは、何を隠そう天の蜘蛛であったのであった。

天網のあれは穴だと思ふ月

網といえば穴がつきものである。これまた単純な(略)。網に空いた穴からは天上の光が射し込むのだろう。

さて、天帝たる大蜘蛛は天網の穴を繕ふことができるのか! はたまた、天網に捕らえられたるアオスジアゲハの運命や如何に! (つづく、かも)

2012年4月9日月曜日


桃の花べそかいてゐる邪神の子

蹂躙ののち夏蜜柑匂へるを

夕空におほきな目玉 見つめらる

敦盛の塚に据ゑたる夏蜜柑

神滅び仏が滅び桃の花

ウルトラ


高山れおなの第一句集「句集 ウルトラ」の古本が比較的安価でアマゾンに出ていたので買った。どれくらい安価かというと送料込みで新刊定価とほぼ同額。ただし「帯に少し痛みがあるのみ」という説明とはウラハラに、本文中に多少とはいえ走り書きの書き込みがある立派な古本。しかもボールペンだし…… 私は仕事関係で読み捨てにする本以外では書き込みをする習慣がないので結構驚く。

佐保姫や死を愕かす美斗能麻具波比

この句に「ミトノマグアヒ」と振り仮名の書き込みがある。こう書くと普通のことのようだが、じつはここにはもともと「みとのまぐはひ」と平仮名でルビが振ってある。前所有者氏はそのルビが気に入らなかったらしい。

第一句集と書いたが、わたしが買ったのは平成20年発行の新装版。元は平成10年に沖積舎からでていて、10年経って同じ沖積舎から新装再刊されたもの。うえに新刊定価と書いたのは新装版のものである。ちなみに第二句集である「荒東雑詩」はアマゾンに出店している古本屋が送料別九○○○円の値札をつけていて手がでない。第三句集は去年の暮れか今年の新春には出るはずとどこかで読んだが、桜咲いたにまだ出ない。

一読して最初の感想は、たいへんに端正な姿形をした句が多いということ。そもそも字余り字足らずの句がほとんどない。そこかよと言ふべからず、大切なことである。ためしに五七五から外れるものを書き出してみる。

未来輝き顔が映らぬ初鏡

泣く社長へ叫ぶ社長の賀状かな

春や近江の爪切る音が武蔵まで

富士すなはち大首塚や江戸の春

芭蕉けふは女なりけり春怒濤

頬掠めしや雲に入る鳥の腰 

桜鯛のやうに食はれてみたきかな

殺生関白貌を隠さぬ朧かな

その顔は藤房に隠されてゐる

苧環(をだまき)と夜な夜な闘ふ千葉市長

娘あらば遊び女にせむ梨の花

過去仏(くわこぶつ)の過去の乱交の裔(すゑ)か海市は

総金歯の美少女のごとき春夕焼

陽炎つてしまふ他なし手に手に太刀

ほとんどないと思っていたが、書き出してみたら結構あった。ここまで、新年21句、春季66句のうちざっと14句。多少見落としもある。まあよい。もう抜き書きはしないが、ここにある字余り句からも想像されるとおり、全編を通してかたちが整っていて強靱な定型感を感じる句が多い。ちなみにここまで87句のうち、前所有者がボールペンでレ印をつけた句は2句あって、うち一つが「総金歯」の句だった。なるほどこういうのがお好きなんですねなど思う。

それはさておき、上に揚げた字余りの14句をみただけでもわかることだが、たいへんに多彩な句構造を見ることができる。「富士すなはち大首塚や」、「芭蕉けふは女なりけり」なんて、私には思いも付かない言い回しである。「頬掠めしや」というのも、ああ「や」は何にでもつけられるのだなあなどと初心者として感嘆しきり。しかも「鳥の腰」とはなんとテクニシャン。

技術を駆使して組み上げられた句構造にはカラフルで絢爛豪華な語彙が嵌め込まれる。しかし花鳥諷詠的何かが盛りつけられることはなく、そうかといって抽象語切り貼り的前衛(俳句史業界用語としての「前衛」)からはむしろどんどん遠ざかっている。感慨とか意味とかいったマジメっぽいことから逃げよう逃げようとしているように見える。耽美な冗談。これはあれだな、詩とか小説とかの文学よりも現代美術のセカイに類似物が多い気がする。村上隆とか草間弥生とかあるいはもっと若い世代とか。そうか。そう考えてからあらためて「これはコンテンポラリ・アートだ」と思って句集を読み返してみると妙に腑に落ちてしまうところがあったりなかったりするのである。










2012年4月5日木曜日

桃の花


故郷はいとこの多し桃の花 正岡子規

交りは母系に厚し桃の花 中戸川朝人

天幕が空へふくらみ桃の花 中田剛

赤ん坊の掌の中からも桃の花 長谷川櫂

桃の花死んでいることもう忘れ 鳴戸奈菜

旅にして昼餉の酒や桃の花 河東碧梧桐

昔にも昔ありけり桃の花 奥坂まや

雛の日の郵便局の桃の花 深見けん二

不相応の娘もちけり桃の花 小林一茶

直立が農夫のいこひ桃の花 平畑静塔

神々いつよリ生肉嫌う桃の花 赤尾兜子

五年見ぬ古郷のざまや桃の花 黒柳維駒


個人的には、最後の維駒の句が痛切。

2012年3月29日木曜日

結節点


結節点てまあ結び目のことです。交通結節点という用語があって、たとえば日本にはJRという交通機関があって日本中を網の目のように走っておるわけです。で、JRで日本中どこへでも行けるというのはJRの標語としては正しいのですが、本当は正しくなくて、JRはJRの線路の上にしかいけないわけです。

ところがJRには駅というものがあって、私鉄に乗り換えることができたりするわけです。さらに駅前広場というのがあります。駅前広場にはバス停があって、タクシー乗り場があって、自家用車の駐車場がある。市電があるところもあるし、モノレールがあるところもある。そういうわけで、JR以外の交通機関に繋がっている。その繋ぎ目というか結び目である駅とか駅前広場とかをひとまとめにして交通結節点というわけです。

それで、まあ思うわけですが、俳句というのがJRだとして、季語は結節点だと。俳句の17音で表される字面の世界を外界に繋ぐのが季語の働きではないか、ということです。標語的に言えば、季語によってただの17音だけでは到達できない場所へ行くことができる、と。

それで、同時に思うわけです、結節点の働きをするのは、季語だけではないのではないか、と。むかし、地名を詠み込んだ俳句には季語は必要ないんだとか、芭蕉だかが言ったそうですが、それは地名(とくに、有名な地名)には季語と同様に結節点としての働きがあるからではないか、と思うわけです。

要するに何を言いたいかというと、理屈としてはそういう可能性があるけれども、理屈でなくてそういうことが実際可能なのかどうなのか試してみなくてはならない。そう思ってはじめたのが、「さきつちよ」句なわけです(これとかこれとか)。ネタばらしみたいなことをするのはどうかとも思いますが、まあ、このブログは何年後かの自分に向けての備忘録みたいなものだから書いておくことにしました。で、なぜ「さきつちよ」か、というのも実はへりくつがあるわけですが、それはまたいつか。

まあしかし根が好い加減な性格だから、「さきっちょ」と(普通の意味での)季語が共存した句もぽろぽろつくってしまっているわけですが……

ほんたうはみづになりたいさきつちよは



2012年3月28日水曜日

世界最小の定型詩


二一二俳句というのを以前ツイッターで見掛けて、二三作ってみたがさっぱり面白くなくて、その時はすぐにやめた。かわりに三五三というのを考えて、これは面白かったが、作るのは相当に難しい。上手な人が作れば面白いのではないかと思う。

鴉鳴きもせず日暮れ

意識消えてゆく椿

二一二をまた作ってみようと思って、今度は何日か続けて作っている。そうしていると、だんだん何か見えてくるというか分かってくる(ような気がする)から不思議なものである。

世界最小の定型詩ですね(多分)。

のにはがもで


傘の春

箱の春

そこに鎌

そこは鎌

そこが鎌

海栗が兄

仮りに人

車庫が夏

雲に鶏

虹は見栄

西に蜂

牛が馬鹿

馬鹿も丑

滝の意地

空も鬱

犬が泣く

耳が哭く

玻璃が啼く

紙が鳴く

雨が聴く

禄で梨

冬 the ルル

2012年3月20日火曜日

志村先生


中学の時に国語を教わった志村先生は私にとって生涯でもっとも影響を受けた先生だが、その志村先生は古文がお嫌いで(ご自分でそう言っていた)、そういうわけで僕は古文に興味を持たないままに小中高を過ごした。しかも大学は理系だ。その僕が古文の文法に関することを書こうというのだから、図々しいにもほどがある。

吾家の燈誰か月下に見て過ぎし  山口誓子

少し前の増殖する俳句歳時記でこの句が取り上げられていた。句意の取り方について難しいことが書かれていたのだが、私のかぎられた古文の知識(というか、知識と言えるほど体系化されていない。勘に近いかも。)にしたがえば、「か(疑問の係り助詞)〜連体」(係り結び)と読みとって、「我が家の灯りを月下に見て過ぎていったのは誰だろう?」という程度の意味に読むのだろうと思った。

それで、そのことをメモしたときに、そういえば俳句でよく使われる「連体止め」ってこれか、と疑問に思ったのである。

吾狙ふ草矢のどれも届かざる 北前波塔

こういう連体止めは多い。京都の言葉で「大根のたいたん」と言えば木星の衛星のことではなくて、「大根の炊いたもの」ということであって、これは連体止めではない。連帯止めにすると「大根の炊きたる」。連体止めは連体形であるから、その後に体言が省略されている。体言はどこかと探すと「大根」しかない。すなわち「炊きたる大根」。

波塔句をその要領で読むと、「届かざる」は「草矢」に係っている。古文の係り結びで言えば「草矢ぞどれも届かざる」となるところで、係助詞の「ぞ」を「の」に置き換えているように読める。そういうふうに読むと、ごく自然に意味がとれる。

極月の投石水に届かざる 宇多喜代子

係助詞の代理の「の」が省略されていると見ることもできる。が、「極月の投石ぞ水に届かざる」としてみると、なんとなく落ち着かない。前句では「草矢」に強意があるが、この句では「投石」よりも「届かず」に強意があるのではないか。だから係り結びの発展型と読みにくい。

それで、係り結びとは切り離して、単に文末の連体形が文頭の名詞句を修飾している、言い換えると「水に届かざる極月の投石」を単に主述反転しただけと読んでみる。それなら形式的には係り結びと同じようなものだが、反転した結果、「投石」から「届かず」に強意が移ってしまうところが違う。しかし、「届かざる」が連体形だから、自然とその修飾先の体言を文中に探してしまい、「投石」に戻る。

そのようにみると、これは 英語の詩で多用される「名詞句+現在分詞句の形容詞的用法」と同じ効果を持つのではないかと思われる。たとえば、この句。

icy rain drawing the man within   Marlene Mountain

drawing〜の分詞句は形容詞的にrainを修飾している(私のなかの男を流してゐる氷雨)。rainの後に is を入れても意味としてはほとんど同じ(氷雨が私のなかの男を流してゐる)。実際、日本語訳する時は、isがあるかのように訳すのが普通だと思う。しかし、この句に限らず、英語の句では、現在分詞の形容詞的用法が多用される。たとえばケルアックの有名な句。

Useless, useless,
the heavy rain
Driving into the sea.     Jack Kerouac
(無駄だ、無駄だ / 激しい雨 / 海に叩き付けてゐる)

これはなぜか。

英語でも日本語でも、文章は一本道で、最初から順番に単語を追って最後まで行くしかない。ベクトルは必ず最初から最後に向かう。日本語と英語では構成要素の並べ方が違うが、いずれにしても最初から最後に一本道で読んで行けば意味がすーっと入るようになっている。では、なぜ is を入れないのか。icy rain is drawing the man within. とすれば一本道で意味は完結するのに。

逐語的に読んでみる。icy 氷みたいな、rain 雨(ここまでよし)、drawing 流す(ここで is とか was とか falls とかの動詞が来ていないことで、ここから形容詞的な分詞句が始まることがわかる。分詞句の全容はいまのところ分からないので、被修飾語 rain を頭の片隅に置いておく。でも無意識にis を補っている)、the man あの男、within あたしの中の。その瞬間に意味は完結。全て終わり、もしそこに is があれば。しかし実際には is は無かった。ここで被修飾語にむかっての遡行が始まる。形式を確定するためだけの遡行。それによって停滞が生まれる。意識は一本道を行ったきりにならず、再び上流に戻る。遡行によって詩が生まれる。

こう整理してみると、英詩における現在分詞の形容詞用法と、俳句の「〜〜の〜〜連体止め」とは、ほとんど同じ働きをしているように見える。文頭から文末までを一本道で読ませず、遡行を誘導する仕掛け。極月の投石水に届かざる投石水に届かざる投石水に……

水槽にかさなるいもり暮れかぬる 宮坂静生

でも、こんなのになると困る。「暮れかぬる」が水槽にかかっているのかいもりにかかっているのか、考えてみる。どっちも変なので、別に名詞が省略されているのかとも思う。こういう、「困ってしまう」連体止めは時々見かけるように思う。

2012年3月17日土曜日

他人事


春の雪ひとごとならず消えてゆく 久米三汀

また雪が降るひとごとのように降る 石川青狼

目刺焼くラジオが喋る皆ひとごと 波多野爽波


ひとごとや打つ鞭ことごとくS字



全然関係ないが、映画の一シーンだと思うけど、何の映画か思い出せない映像が脳に浮かんで、消去しようとしてもなかなか消せないことがあるわけです。ずっとリピート再生され続けている。人と話している間も、こうして駄文を弄している間も。そういう映像って、なんか定型化、様式化されているようなところがあって……


これもまた全然関係ない話ですけど、裁判官の人とかいるじゃないですか、あのひとたちって、原告にしても被告にしても感情移入しないわけですよね、っていうか、感情移入しないように徹底的に訓練されている。法律の枠組みにしたがって、どの要件とどの要件を満たすから不法行為、これが欠けてるからそうじゃない、とか判断するわけですよね。そのときに、この人はすごくつらそうで可哀想だから相手が悪いに違いない厳しくしとこう、とか、そういうふうに感情移入しちゃうとある意味公平じゃないから、そういうことがないように訓練するわけで。それってすごいことだと思うわけです。つらそうで可哀想な人には感情移入するのが、ふつうの人間としては、ある意味で当たり前のことなわけですよね。でもそれはしちゃいけないわけです、かれらは。超人的っていう言葉はふつうは全然べつの意味で使うわけですが、ある意味で裁判官の人たちのそういう訓練っていうのは、超人=人を超えた存在になるための訓練なわけじゃないですか、ええ。


それでこれもまた関係ない話ではあるのだが、そういう訓練なんて全然受けていないのに、それに近いような判断を迫られる場面があるのであるわけです。はあ、つらい。

2012年3月15日木曜日

ノート


こはくない、ただまっ白な紙だから


今朝、目が覚める直前に何か忘れているような気がして、はっとして目が覚めた瞬間にその「はっ」のことを忘れたが、さっき会議でうつらうつらして寝落ちしそうになった瞬間に突然思い出した。三月の春愁に沈んでいるあいだ、このブログのことを忘れていたのだった。

閑話休題。忘れないでおこうと思ったことを、ノートか何かに書いておくと、ノート自体をすぐに失くしてしまうので、失くさないようにグーグルのお力を借りることにして、このブログを始めたのだった。だから、こんなどこかの日記にあるようなどうでもよいことを書いている場合ではない。

それで本論に入る前に、もう少し正確に書いておくと、ノート方式がダメなことがよおく分かったので、紙の物理媒体であるところのノートの代わりとして、電子的なクラウド媒体としてのツイッターを使おうと思いたったのだった。しかし、ちょっと使ってみると、ツイッターは、失くさないようにと書いたはずのメモが、いつのまにか、日々のささやかな囀りの集積に埋もれてしまって、あとから掘り起こすのが大変になる、ということがわかった。ということでツイッターでは、俳句のようなものを書き散らすことになったのだった。

そうすると今度は、その俳句のようなものについて何か書いておきたい気がして、でもそれを俳句のようなものと一緒に書くと埋もれてしまうので、それならということで、囀り以外用のアカウントというのを作ってみたのだったが、それもいつのまにかごちゃごちゃしてしまったので、少し整理しようと思ってブログを始めたのだった。

それでもうこんなことを書いている場合ではないのだが、忘れないうちに書いておくと、その囀り以外用のアカウントというのは、鍵も何もかけていないのだが、なぜか誰もフォローしてくれないのである。なるほど、ツイッターというのはそういうものか、と何かだいじなことが分かったような気がしている。本当はたいして大事なことではない。

ええと、何を書こうとしていたんだっけ。

そうだ。思い出した。これだ。

「文化は、普通そうは考えられてないけれども、危機、クライシスに直面する技術であるということね。」 山口昌男

山口昌男はむかし「知の遠近法」とかが流行った頃に何冊か読んでその後ずっとご無沙汰している。最近20年くらいの間にどういうことを言っているのかは全くしらない。上に引用した言葉もじつは山口昌男の本かなにかから直接引用しているわけではなくて、大江健三郎が何かで書いていたのを忘れないでおこうと思って、ツイッターにメモしておいたものである。わたくしのツイッターのお気に入りの一番最初のところにあったのをさっき見つけ出したのである。この発言、あたかも去年か今年のもののように見えるが、わたくしのメモが2009年である。山口の発言自体はもっと以前のものだろう。

それで、この言葉の前後の文脈は全くわからないのだが、危機に直面したときに大切なのは、政治とか科学技術とかそういう即物的な道具だけではないよね、という話。その時もハッとしたのだが、さっきあらためてハッとさせられたのである。どうせまた忘れるので、次にまたここを読み返してあらためてハッとするために何度でも書くのである。



2012年2月29日水曜日

時空



わたくしの時空も歪む二ン月よ

スイッチを切れば昨日に帰れるか

頭蓋から噴き出す黒い水また水

ワタツミは殺して土に埋めましょう

懐かしい時への回路壊れたる

スイッチを切れば明日はもう来ない

うなばらに季節ぞ生まれかつ消ゆる

2012年2月26日日曜日

踏む




ちょっと前に、小説が読めなくなった話を書きかけた。その続きではないが続きでもあるような、最近読んだ小説の話。

小説読めない症を患っていた頃だと思うが、東大駒場で物理の学位を取った人が小説を書いてなんかの賞をもらったとかいうような話を聞いた(いま確認したが、貰ったのではなくて候補になったくらいのころだと思う)。SFっぽい小説は嫌いではないのだが、物理学者クズレ(失礼!)が小説に転進、というあたりにどうもウロンなものを感じるうえに、ペンネームが円城 塔といういかにもアレなアレで、読んだら後悔しそうな雰囲気がぷんぷんしているというか、まあそういうわけでずうっと敬遠していた。それが、その円城 塔が芥川賞をとったとかでテレビのニュースに出ていて、予想外に物理臭が薄いところが興味深い。枯れたのかもともとこういう人なのか。それで、その後twitterを見ていてこういう記事を見付けた > ポスドクからポスドクへ

ううむ、成長途中で鉄柱に行く手を阻まれた松の木が、湾屈しながらも育ち続けて、やがて鉄柱を幹の中に飲み込んだまま巨木に成長してしまったとでもいうような、屈折と剛直が同居したような文章。物理学者として順調なキャリアを積んでいたとしたら決してこういう人間にはおなりにならなかったのではないか、と赤の他人としての勝手な想像をめぐらせてしまうようなお人柄で、正直惚れてしまった。

ということで早速小説を読んでみようということで手に取ったのが、たぶん芥川賞がなければ絶対にこんな本置いていなかったであろう近所のN書店に置いてあった「道化師の蝶」。内容についてここに書くつもりはないが、なかなかに変な --- ということはつまり新しいということだが --- ところのある小説で、好みとしてはもうちょっと変な方向に振り切れる部分があってもよいと思うが、それにしても面白い。私的定義によればこれは小説として成立していると思う。偉そうな言い方だが、小説を読むというのは全く一人きりの個人的な体験でしかないのであって、一人きりなのだから偉そうなことを言うのは仕方ない。それはそれとして書いておきたいのは、この小説の作中話者の一人が旅行に出ると本が読めなくなるひとで、そのことを綴った文章表現に他人事とは思えないリアリティがあって、小説読めない症から恢復途上にあるわたくしとしては常ならざるシンパシーを感じたのである。個人的体験にねざす読書をした。

それでこの「道化師の蝶」はSFではないのだが、SFっぽいというか、ファンタジー的というか、別の言い方をすると一種寓話的な外見をしている。しかしそうはいうものの、既存の定型的な物語に還元することはできなくて、そこが面白いというか、小説として成立しているところ。そんなことを考えているうちに、ちょっと前に読んだ東浩紀の「クォンタム・ファミリー」を連想した。こちらは見るからにハードSFっぽい外見をしている。量子力学 quantum mechanics という1世紀ほど前に成立した物理学理論があって、それによると、小さな粒子 --- 電子とか陽子とか --- の世界では、粒子の位置とか速度とかを一意的な変数で表すことができなくて、波動関数という、数学的にまあ簡単にいえば、もやもやと広がった雲か煙のような関数で表される。それでは粒子がそういうもやもやしたものであるとすると、その粒子の位置を正確に特定することはできないのかというとそんなことはなくて、測定した瞬間に波動関数はシュパッと一点に収縮して正確に位置を特定することができる、という。じゃあ普通じゃんと思うところだが、じつは位置を特定した瞬間に今度はその粒子の速度がまったく分からなくなる、つまり不確定である、というようなまあそういう理論である。らしい。

それでそういう分かり難い理論であるのだが、電子とかの世界のことは量子力学で表すことでいろいろ辻褄の合う説明ができる。しかも量子力学によれば、人間の目に見えるくらいの「大きなサイズ」のことどもについては、事物に付随するもやもやはもはやものすごく小さくなってしまうので、決定論的な古典力学で考えても何も矛盾は生じない。ということになっている。

とはいえ人間の体もどんどんどんどんズームインしていけば電子だとかクォークだとかいう粒子で出来ているわけで、そこまでいけばもやもやの世界であって量子力学から逃れることができるわけではない。というような具合で、にんげんの感覚からするとどうにも納得しがたい部分がある。そのために、たとえば波動関数というものをどのように「解釈」するか、というようなメタとも思える議論がある。その一つに「多世界解釈」というのがあって、波動関数で表されるもやもやは無数に存在する並行世界を表していて、そのような無限の世界のうちの一つが「私」のいるこの世界である、というような解釈らしい。それでその並行世界間の通信が実現したという設定がこの小説。

前置きが長くなったが、この小説、量子力学の多世界解釈とかいうなかなか高踏的ないでたちをしているのだが、じつは多世界といっても二つ三つくらいの世界しか出てこなくて、量子力学的に見るといかにもしょぼい。はっきりいって古典力学的世界でしかない。むかし、太陽を挟んで真向かいにもう一つの地球があって、そこでも我々と全くそっくりなひとびとがそっくりな文明を作っている、という古典力学的小説があったが、それとほぼ同じ設定。それでそのような舞台設定のうえで繰り広げられる物語は、これも輪をかけて古典的な、家族間の感情のもつれみたいなウェットな話で、なんのための量子力学なのか結局よくわからないのであった。どこに向かっても開かれていかない。私の極私的定義によると、これは小説ではない。個人的には、最後まで読み通せたのでそれはそれで大きな収穫であったのだが。

そんなことを書いているうちに、俳句における連体止めと英語詩における現在分詞の用法についてまだここに書いてないことを思い出した。もしかすると誰かが既に言っていることかも知れないが、自分自身にとっては面白い発見だったので書いておきたい。

と思ったが休憩時間が終わった。そのことはまたの機会に書くのである。


生きものを踏むように踏む春の泥

2012年2月19日日曜日


春愁の前頭葉を食む蚕

さまざまなもの交雑し春の泥

何日か前の「陰」のエントリーで一句引用した後藤貴子のことをネットで漁っていたら、– 俳句空間 – 豈weeklyに記事があった。その記事で、後藤貴子本人が江里昭彦の句と自分の句の違いに言及した文章が引用されていて、面白かった。曰く、江里の句はnudeで、自分のはnakedだという。「股間」のエントリーで書いた劣情云々というあたりのことを端的に言い当てられていると思った。そこで引用されている江里の「腰で番い夜へ漕ぎ出す楽器かな」と、後藤の「右曲がりなる銀漢の灌ぎ口」は劣情への結託度合いにおいてたしかな違いがあるとおもう。

で、私はnakedを嗜好するのである。nudeはつまらん。

Nine Inch Nails のなんとか


2012年2月12日日曜日


蛇使ひ淋しい時は蛇を抱き 藤村青明

蛇を食ったことがあるというと気味悪がられるのであまり言わないことにしているが、すこし前の日本の田舎ではたいてい蛇を食ったものである。頭を釘で板に打ち付けて体をナイフで裂く。鉄串に刺して軽く塩を振ってから七輪で炙って食うのである。旨いかどうかはもはや忘れた。郷愁もさして無い。蛇はどうでもよいのだが、蛇のことを書いていると、蛇よりもむしろ早春の山の風情が懐かしくなる。懐かしいというと大げさで、去年の春はそこそこ歩いた。ただ、今年はちょっと体を傷めてしまって行けそうにない。そうしてみると、芽吹く直前の木々やら、霜が溶けたばかりの土やらの、匂うか匂わないかの淡いにおいがおもわれて、なんともたまらなくなるのである。あと何年山歩きができるのか、などと年寄りじみた思いも湧いてきたりする。で、まあ山歩きができない代償行為として河川敷を歩いたりしている。ヨシ原を歩いていてモグラの穴だらけだったりすると嬉しくなる。もうじき雲雀が啼く。


蛇穴を出でて黒瞳の人となる  くろやぎ

にんげんみな身中に蛇飼ひし頃

穴二つ残して土龍消えにけり



2012年2月3日金曜日

冬の王


おほきな釘を巨人は打てり冬来る

爆心の明るさに似て冬の陽は

老人は屹立す 手に冬林檎

冬麗ナザリー行きの青い電車

no woman no cry, 人ハ冬老イル

その年もみな沈みたり冬の湾

二千四百八十一回まはつておはる冬の旅

偽記憶を振り撒いて節分に雨




2012年2月1日水曜日

夏蜜柑


夏みかん崩れるなよぐれるなよ くろやぎ

夏蜜柑みんな不幸になればいいのに

こはがらずはじめの一歩夏みかん

千年の枕辺に水、夏蜜柑

それはそうと……

その年の春に親父が亡くなったわけです。前の年の夏に癌が見つかって、でももう手術で取るには手遅れで、抗癌剤で進行を遅らせるくらいしかなかったんです。でもね、兄から聞いたんです。親父には癌だということは言ったんだけど、切らなくてもいいくらいの癌だから、抗癌剤でよくなるよって言ってたんだそうです、医者も兄も。この新薬は良く効くんですよ、副作用もないしと医者が言ってたそうです。暮れに見舞いに行った時に親父がそう言ってました。実はそのとき親父に聞かれたんですけどね、兄ちゃん、なんか言ってなかったかって。抗癌剤で治るそうだよって言ったんです、俺も。

親父は農家の三男で、若いときに実家を出て商売してましたからね。墓がないわけです。親父も60過ぎたくらいから気にしてはいたらしいんですが、用意はしてない。それで兄は親父が入院したりしている間、探し回ったらしいです。それで、車で山側にちょっと登って行ったところの市営霊園に空きがあるっていうんで。間に合って良かったよって、二月頃に行った時に言ってました。坂の途中だから歩いていくと大変だけどなって、苦笑いっていうのかな、まあ笑ってました。

それで、春の、ゴールデンウィーク明けの頃でしたね。まあ一年近くは生きられたし、痛みもほとんどなかったからよかったね、と葬式の時にはみんなに言われました。

まあそんなことを思い出しながら、墓石を見ていたわけです。坊さんのお経を聞きながら、墓地の階段の下にみんなで突っ立ってたんですけどね、みんなで。四十九日でね。納骨するっていうんで伯父さん叔母さんとか呼んで、みんなで墓地に来たんです。それで、お経のあいだ、坊さんの方を見るふりして俺は墓石を見ていたんです。見ていたっていうよりぼーっとしていただけかもしれないですけどね。新しい墓石なんですよ。黒御影っていうのかな。けっこう高そうなんですよ。兄も奮発したんだなあって。

でまあ、それが新しい墓石なんで、表面がつるつるぴかぴかなんですよ。黒御影だし。その時ふっと、石に何か映っているのに気が付いたんです。ずうっとお経聞きながら墓石眺めてたはずだから、目には入ってたはずなんですけどね、意識にはのぼってなかった、それまでは。何かまるい、明るいものが映ってるの。なんだろう? じっと考えたんです。あたりを見回しでもすればすぐにわかるはずなんですけどね。どうしてもそれが何であるか知りたいってわけでもなかったし、お経を上げて貰っているんだからあんまり動いちゃいけないっていう意識もあったのかもしれないです。

でもまあ、あれはなんだろうかあ、となんとなく気になってですね。考えていたんです。それで、そうか、あれだ、と。俺の実家のあたりは昔からの土地だから、庭とかみんな広いんですよね。それでどこに行っても柿とか枇杷とか夏蜜柑とか、実のなる木が植えてあるんです。でも、柿の季節じゃないし。夏蜜柑も春先くらいに全部とっちゃうんですけどね、いつも高いところに二つ三つ実を残しておくんですよ。木守柿ってあるじゃないですか。あれと同じみたいなことだと思います。むかし親父がそんなこと言ってました。きっとあれだって、そのときわかりましたね、俺は。

墓石に映つてゐるは夏蜜柑 岸本尚毅



2012年1月29日日曜日

写生

まつかになつて息止めてゐる寒椿 くろやぎ

だいぶ前になるが、ツイッターで歌人の斉藤斎藤さんが「写生とは何か」ということを囀っていて、とても面白いと思った。ついさっきそのことを思い出したのだが、大事なことなのでメモしておくことにした。たしかツイッターでお気に入りの★マークをつけておいたはずだと思って探しました。ありました。

【短歌は写生である・1】突然ですが、短歌入門をはじめます。短歌に興味のない方、短歌にくわしい方、ごめんなさい。二回目はあるかわかりませんが第一回、短歌は写生である。写生とは何か。読者が作者の身になって短歌を読む、という態度のことです。

【短歌は写生である・2】「瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり/正岡子規」。有名な歌ですが、これと言って何も言ってません。花瓶に藤の花をさしたら垂れ下がったけど、短かったので、畳には届かなかったなあ。これだけです。どうしてこの歌が、よい歌だとされているのか。

【短歌は写生である・3】第一に、「藤の花が畳に届かなかった」という見え方をしているので、作者は畳の上(のふとん)に寝ているのだろう、と推理できます。立ってたり座ってたりしたら、花の先端が畳に届いてるかいないのか、多分わかりませんからね。

【短歌は写生である・4】第二に、「(いつもより)短いので届かなかった」と詠っているということは、短くない藤の花は畳に届いているのを、ふとんの上から作者はいつも見てきた、と推理できます。つまり作者は、ふとんの上にかなり長い時間いる人らしいと、わかります。実際、子規は病床にいました。

【短歌は写生である・5】つまり写生の歌とは、写真から逆算して、カメラマンの位置や個人情報を割り出すことができる歌です。藤の花がこのように見えているならば、作者は病気で寝ていたのではないかと推理し、病床の作者の身になって、藤の花を見る。これが写生の歌を読むときの、読者の作業です。

【短歌は写生である・6】いまの短歌では、子規のように明確な写生の歌をつくっている人は、そんなには多くありません。しかし今でも、読者が作者の身になって読むという、ひろい意味での「写生」は、結社や歌壇の主流を占めていると思います。

【短歌は写生である・7】「写生」とは、歌を読んで、ことばに妙な引っかかりを感じたら、その引っかかりから作者の位置や気持ちを逆算しようとする、読みの作法のことです。ことばが変なのは、作者が下手なのではなく、何か理由があるはずだと、いったん性善説(?)に立って読むのが写生です。

【短歌は写生である・おまけ】引っかかりをきれいに消した歌を結社の人が読むと、かえって下手に見えてしまいます。読者に親切すぎる歌には、作者の身になる手がかりがない。観光ガイドの写真は、観光地の魅力は伝わってきても、構図が整えられすぎていて、カメラマンの位置を逆算できないように。

これを読んでなるほどと思った。写生とはそういうゲームだったのかと理解した気分になった。なったわけだが、その一方で心の片隅に「ホンマかいな」という気持ちもあった。

その後しばらくして、ネットのどこか(たぶん週刊俳句だと思うが)で、

白菖蒲切っ先高き葉の奥に 村上鞆彦

という句があって、ああ葉っぱがあって白菖蒲がある、そういうもんやなあと思っていたら、どなたか(杉原祐之さんという伝統俳句の人だったとおもう)が「手前側の菖蒲は紫」と断言しているのを見て驚いた。ああ、これが斉藤さんの云う写生ということだったか、とフカク納得したのだった。自分なりに理解したところでは、作者の村上さんは自分の見たままをありのままに言葉で書き写しているわけではないらしい。作者とは別に架空の詠み主体を仮定したうえで、その詠み主体の視線が通った跡を規定する。その視線の通った一部の情報だけを曝して、読み手に対して視線の通った全体を復元してみよと謎かけしている、というようなことだと思う。「葉の奥に」というあたりに斉藤さんの云う「妙な引っかかり」が仕込んである。沢山咲いている菖蒲の花のうち、奥の方の白菖蒲だけを写生して、さあ全体の景色がわかるかと謎かけしているわけである。なるほど面白いゲームだ、と思う。が、その一方で自分でこのゲームに参加することはないだろうとも思ったことをおぼえている。

話はもう少し続くんだけれども、最近見つけたこの句:

雪の音絶えて深雪となりゐたり 橋本冬樹

を読んで、おおこれも写生だと思ったわけである。俳句の人には多分当たり前のことなんだろうけれども、この句も写生の句なんだろうと思う。雪の音が途絶えるというのは普通は雪が止むことを示すのだろうと思うが、この句ではその後が「深雪となりゐたり」と続く。これが「妙な引っかかり」。その引っかかりを手がかりに解読してみる。昨日からずっと雪がはげしく降り続いていて、床につく頃にも戸外ではしんしんと雪の降る音がしていた。それが夜明け頃にふと目が覚めるとその音がしない。全くの無音。一晩中降り続いた雪はもう軒先近くまで降りつもっていて、もはや家の中には雪の音が届かなくなっていた。しんしんと雪の降る密やかな音を詠んだ句は多いが、その音さえも届かない無音の世界を詠んでいる、ということになると思う。

2012年1月26日木曜日

陰(ほと)



ひとの陰玉とぞしづむ初湯かな 阿波野青畝

磯ぎんちゃく足組めば陰しひたぐる  川口重美

陰に生る麦尊けれ青山河 佐藤鬼房

涅槃図や麦生る陰と生らぬ陰 後藤貴子

来迎のひとり残らず陰に鳥 攝津幸彦

卯の花や縦一文字ほとの神 森澄雄

陰かくすごとくに滝の落ちにけり 若井新一

こつあげやほとにほねなきすずしさよ 柿本多映

栗咲けりピストル型の犬の陰 西東三鬼

暗窓に白さるすべり陰みせて 金子兜太

陰の中に滅び入りけり盆の道 齋藤愼爾

陰もあらわに病む母見るも別れかな 荻原井泉水 

ほとなしの眠人形ねむらする 三橋敏雄


こんしんのコレクションである。

閑話休題。10年くらい前から小説が読めなくなった。面白そうだと思って読み始めても、10頁、20頁と読み進めるうちにだんだん苦痛になる、いくら読んでも小説を読むこと自体のよろこびのようなものが感じられなくてどうにもつまらなくなる。というようなことを何度となく繰り返した。そのうちに、もう小説は読めないのではないかと思うようになった。そうするとその影響かどうかわからないが、今度は文章を書くのが苦しくなってきた。仕事ではある量の文章を書く必要があってそれはなんとか書けるのだが、それ以外の文章たとえばここに書いているような無駄な文章というものが全然書けなくなった。何をどう書いてもこれは自分が書きたい文章ではないとか書かなくてもどうでもよいものだとかいうように思えて、すべて消してしまうということが続いた。それはなかなか辛い経験だった。

(この項続く)

2012年1月24日火曜日


たたみいわし雪の話にまた戻る 池田澄子

雪の日のポストが好きや見てをりぬ 國弘賢治

肉買ひに出て真向に吹雪山 金田咲子


俳句検索エンジンで「雪」を検索すると6000句以上出て来る。雪が好きな人が多いらしい。日本の人口の7割か8割くらい(もっと?)は雪のあまり降らない土地に住んでいるからかもしれない。僕も好きである。この年齢になっても、寒い朝外の音が静かだともしや雪かと思ってそっとカーテンを開けてみたりする。子どもと同じ。しかしたいていは雪ではない(そういう土地だから)。NHKの全国ニュースで、東京で雪が2センチ積もりましたとかいうニュースを延々と流しているのをみて「アホか」と思ったりするのは、公共の電波の無駄遣いに憤っているばかりではなくて、馬鹿騒ぎがどこか羨ましいのかもしれない。

どうしてこんなに雪が好きなのかと思う。お祭り的な感じかもしれない。空からしろいものが落ちてきて、日常的な景色がぱーーっと一面真っ白に塗り替えられてしまう、もういいよ、とりあえずリセット、雪なのにハレ、みたいな。子どもはお祭り好きだしね。

落ちてくる雪片ごとの昏さかな くろやぎ

雪の日のたくらみごとに出て行かん

2012年1月21日土曜日

それは象なのか

しばらく前に飯島晴子の句のことを書きかけたがいい加減にすませてしまった。忘れないうちにもう一度書いておこうと思う。

ツイッターに飯島晴子の句を囀るbotがいて、なぜかいつも鈴木真砂女のbotと一緒に句を囀る。どなたが選んでいるのか知らないがググッと来る句が多くて、いつもどこか摑まれる感じがしている。それで飯島晴子の句集を読みたいと思って図書館を探したところ、職場の隣の市の公立図書館に全句集があるようなので借りに行こうと思っている。寒くてまだ行っていないのだが。

その飯島晴子のbotが先日囀ったのが、「月光の象番にならぬかといふ」という句だった。月光の「象番」? なんだか気になるが、どうにも情景が浮かびにくい。「ならぬか」と云ふのは誰か? 月光? 象? どちらだとしてもイマイチな感じである。

なにか大切な、ほんたうのことが隠されていそうなのだが、それが見えてこない。映画の回想シーンか何かで超ソフトフォーカスの映像を使うことがあるが、ちょうどあんな感じ。暗い背景のなかで白っぽく照らされている大きな影。これが象? そのそばに人らしい影がいるのはわかる。が、それらの間に何が起こっているのか、全体に何がどうなっているのか、よくわからない。

それで象で切ってみた。「月光の象 番にならぬかといふ」。吃驚した。いきなり鮮明な情景が立ち上がる気がした。月光を浴びた象が真正面からこっちを見つめている情景が見える。人らしい影だと思ったのは自分自身だった。ぴたっと合わされた視線からどうしても逃れられなくて、立ち尽くしている強い感覚。

それでそのことをツイッターでぼそりと囀ってみたところ、お二人の方が、自分もそのように読んでいると囀り返してくれた。そのうえ、その情景とはこれではないかと絵(下)を見せて下さったり、それは歓喜天ですね、と教えて下さったりという展開になったのだった。

月光の象番にならぬかといふ  飯島晴子
げつくわうのざう つがひにならぬかといふ

伊藤若冲 「白象図」

2012年1月19日木曜日

続 股間

日本近代文学の中の「股間」の用例 (リンク先はgoogle) を調べてみた。昨日の俳句と見比べてみると、言葉に負荷をかけていない。あたりまえか。

で、逆に言うと俳句は一語一語に負荷がかかっているんだなあ、と。

2012年1月18日水曜日

股間


早乙女の股間もみどり透きとほる 森 澄雄 

冬蝶を股間に物を思へる人 永田 耕衣 

天井や股間にぬくき羊水や 池田 澄子 

獣の股間の乳房秋暑かな 長谷川 櫂

雪国のきれいな股間思ひ寝る 矢島 渚男

最近、ようやく(と言うか何というか)俳句を読むのが面白くなってきた気がする。その反動だからなのかなんなのか、自分では全然句が作れない。僕が作る句などどうでもよいといえばその通りなのだが、それは〈他人にとって〉どうでもよいだけであって、自分自身にとっては作ることに意味はある。他人に見せるとか自分を表現するとかと、そういうことではなくて、作ること自体に意味はある。それで、いまはそういう時期ではないらしい。

「股間」という、時として劣情と結託しそうな語彙を俳人諸兄姉がどのように使っているのか並べてみた。なかなか興味深い。森澄雄の句は爽やかである。爽やかであるがしかしほのかに劣情の調味料が振りかけられていて、それが隠し味になっている。矢島渚男の句もそうである。いやこちらの方はより直截で、隠し味どころではないのかもしれない。長谷川櫂の句はどうか。こちらは森、矢島的な使い方ではない。大衆の劣情と結託する素振りは全くない。股間という言葉をここに入れることで獣のケダモノ性というか生々しさがいきり立っている。ただ逆にその上手さによって、別種の「劣情」(劣情カギカッコ付き)に近づいている気がしないでもない。池田澄子もカギ括弧付きだが更にもうひとひねりしてあって……。考え出すときりがない。考えるのを止めると、やはり上手いと思う。永田耕衣の句は劣情からも「劣情」からも遠いところにいる気がする。


股間股間股間又股間又又股間 くろやぎ

2012年1月16日月曜日

階段


階段が無くて海鼠の日暮かな 橋 閒石

空へゆく階段のなし稲の花 田中 裕明

最初に閒石句を読んだ時、それより以前に読んでいた(成立は後だが)裕明句に引きずられて読んでいたと思う。だいぶ後になって、そのような読み方は、(おそらく裕明句より先に閒石句を知ったのであろう)多くの人達とは全く異なっているらしいということに気づいた。

「否定形」というものの重要性、使い方に気付かされたのが田中裕明の階段の句だったから、閒石の句を見たときもそれ以外の読みは自分には想像つかなかったのだと思う。

それで、僕流の読み方では、〈二階建てなのに階段がない家〉などという無理なものは想定しない。そもそも階段があるべき景ではないのだ。「もしここに階段があったら……」という夢想があって、それを否定形によって表現していると読んだ。この場所は家の中である必要すらなくて、はっきり言って海辺だと思う。

ようするにこれは「(空へゆく)階段が無くて海鼠の日暮かな」ということではないのか。田中裕明が稲の花咲く水田の上空に夢想したのと同じような、まぼろしの長大な階段が海辺から空に昇っていくのが見えたのではないだろうか。実際には存在しないその階段がもしあれば、海鼠らは…… 


そういえば、海鼠は太古に火星からやって来た帰化生物ではないかという説をウェブだかツイッターだかで読んだ憶えがある。きっとそういうことだとおもっている。


それはもう一人もゐない國でした くろやぎ

2012年1月15日日曜日

ねる?



雪降りつもる電話魔は寝ている 辻貨物船

マリーを眠らせマリーの肉を食つてゐる くろやぎ

ほとなしの眠人形ねむらする 三橋敏雄



図々しい並べ方ですがまあよいです。
動画も埋め込んでみるです。

2012年1月13日金曜日

意味

さびしくて一日早く咲いてしまう 広瀬ちえみ

ぽつねんと咲いているので帰れない

これらの句を比喩だと思ってしまうとつまらない。文字通りに、淋しくて予定より早く咲いてしまった花、一輪だけ咲いて家に帰れない花のつぶやきだと思う。おもしろい、切ない。何かを思い出しそうになる。何だろうか。思い出せない。

この家の温度になってゆく私

季節は書いてない。しかしなぜか、冬だろうかと思う。

あと一本映画を観たら散る時間

楽しかった半券だけが残される

さらわれる期待 小さな舟が来る

真っ青な危ない空があるばかり


私の話だが、離人症というのか、ときどき事物の意味が薄れかけて、世界が真っ白に感じられそうになることがある。ちょっとヤバイと自覚しているので、そういうときは意識的に楽しいこととかを考えてみるようにしている。実は、「楽しいこと」よりももっと効果があるのは「憤ろしいこと」で、何か(というか、誰か)考えただけで憤懣ヤルカタナイと発憤できる対象を思いつくことができると、治癒する。

逆に、本来意味のない日常の見慣れた光景、ありふれた事物に意味をみいだしてしまう《病》というものもあるのかもしれない。「真っ青な空」に「危ない」という意味をみいだしてしまう病は、私のものでもあると気付く。意味をみうしなうことと意味をみいだしてしまうことがどちらも脳のエラーだとして、それらはすごく近しいこと ––– じつはほとんど同じことなのではないか。

2012年1月11日水曜日

それはペンですか



前頭葉のちよつとうしろにゐる何か くろやぎ

ハムスターじゃね。


たとえば映画のあのシーンこのシーンについて《意味》を読み取ったり読み取れなかったりするということがある。おかげで、そういうことをうだうだ文章に書くと「評論」というものになる(らしい)。ひるがえってゲンジツの世界で眼にうつるあのシーンこのシーンには《意味》がない。

物理的な世界で物理的な眼球が光学的かつ生理学的に写しとるシーンは何かを寓意しているわけではないし何かの伏線でもない。世界はどこかの監督の撮った映画ではないからである。たとえばふと見上げた天井の電球が切れていたとして、そこに《意味》はない。ないはずである。……

ところが、

電球はあんなに高く切れており 広瀬ちえみ

である。ううむ、なんも言えねぇ。

2012年1月10日火曜日

屹立感

作者として一句に完結を追求していないのではないか、と書いた。そのことについて書き足りていないとおもったので補足しておく。

あるテーマのもとで句が塊として提示されているおかげで、一句一句を独立した作品として読まなくては、という(素人特有の?)強迫観念から解放されて、その結果として次々と読み進めることができる、ということかもしれない。そうだとすると、「屹立感」が薄いことと、一句の完結が追求されているかどうかは、別の問題だということになる。たぶん。

2012年1月9日月曜日



棒一本立ったまま死ねない冬だ くろやぎ

関 悦史の「六十億本の回転する曲がった棒」という句集を読んでいる。この句集は読者 ––– ここでは、すなわち僕自身のことである ––– をして、前へ前へと読み進めさせるちから(英語の意味として正しいかどうか知らないが、個人的には文章のもつそのようなちからを readability と呼んでいる)が異様に強い。この readability は句集のそれではなく、小説のそれにとても似ていると思う。

一般論めいたことが言えるほど句集というものを沢山読んでいるわけではないのだが、読んだことのある句集について言うかぎり、必ずしも前後の繋がりが強いわけではない句が、よくいえば一句一句屹立した状態で並べられていて、読み手としての僕は、鉛筆を片手に、これはよい、これはちょっと、とぽつりぽつり印を付けながら読む、句集とはそういうものだと思っていた。

ところが、この「六十億本」はそれらとは逆だ。この句集、百句前後からなるあるテーマの下に書かれた句の塊が、句集としてはたぶん破格の一頁八句という高密度で詰め込まれている。普通の句集であれば、二三頁も読めばうんざりしはじめているわたくしがそこにいるのであるが、この句集についてはそういうことが全くない。あえて自分を鼓舞せずともどんどん読める。六七百句ほどの句を小一時間の通勤電車で一通り読んでしまい、読んだあとで、気になった塊ごとに、また最初からこんどはじっくりと、それも_塊として_、読み返している。この読書体験はやはり小説、それも良質な短編連作集に近いものであるように思う。

その一方で、この句集、一句一句の「屹立感」は薄い。一句が一句であることを主張していない、というか。作者として、個々の句に一句としての完結を追求していないのではないのだろうか。いろいろな要素を組み合わせ繋ぎ合わせている句が多いのだが、一句としてではなく、ある大きさの句の塊としてはじめて読み物たりうることを狙っているのではないか。

そのことが小説的な readability に繋がっているのだと思っている。