2013年6月24日月曜日

夏木立



影うごき海底めきぬ夏木立

誰かゐる気配すれども夏木立

さて雨の音してやがて夏木立




高い木というのは突然生えてきたりはしないもので、立派な木立は年がら年中、立派な木立である。しかし、夏木立といわれれば、ああそうだ木立の存在感がやっぱり夏やね、とか思う。単細胞と言ふなら言へ、というところ。
(しかも、そういうときに脳裏に浮かぶのは日頃の生活圏内の木立ではなくて、なぜか時間的、空間的に離れた遠くの木立であったりする。単細胞生物独得の、記憶の美化作用とでもいうものが働いているに違いない。)






杉を見てまたまぼろしの水を打つ 飯島晴子


2013年6月18日火曜日


強情な我ゐる鰺にぜいごある くろやぎ


というわけで「我」の句特集でも。と思ったのだが多すぎてとても選びきれない。
まずは先達から。

人に家を買はせて我は年忘れ 芭蕉

我と来てあそべや親のない雀 一茶

蠣むきや我には見えぬ水かがみ 其角


おつぎ。我といえばこの三俳人(世間でそう思われているかは知らないが)。


我思ふまゝに孑孑うき沈み 高浜虚子

来る人に我は行く人慈善鍋

錦木に寄りそひ立てば我ゆかし

枯荻に添ひ立てば我幽なり

見下ろせば秋の山々我をめぐる

我を指す人の扇をにくみけり

蛇逃げて我を見し眼の草に残る

浮み出て我を見てゐるゐもりかな


子に来るもの我にもう来ず初暦 加藤楸邨

銀河天に茄子むらさきに我は我に

わが影の我に収まるきりぎりす

冬蜂と我とエスカレーター天にゆく

妻は我を我は枯木を見つつ暮れぬ



皆行方不明の春に我は在り 永田耕衣

陽炎や我に無き人我を出る

鰊そばうまい分だけ我は死す

物として我を夕焼染めにけり

野菊道数個の我の別れ行く

薄氷や我を出で入る美少年


同じ「我」というのに、違う意味で使ってるんじゃないかというくらい三者三様です。面白い。

以下、あの人この人。

サングラスして我といふ闇にゐる 満田春日

滴りは石筍を打ち我を打ち 阿波野青畝

跪く我は異教徒青畝の忌  平田冬か

物買へる我の後に寒念仏 星野立子

咳き込めば我火の玉のごとくなり 川端茅舎

目覚めがちなる墓碑あり我れに眠れという 折笠美秋

君琴弾け我は落花に肘枕 芥川龍之介

黄落の我に減塩醤油かな 波多野爽波

栄螺の棘どれかひとつは我を指す 田川飛旅子

我狂気つくつく法師責めに来る 角川源義

我こそは浮島守よからすうり 夏石番矢

万両の日にぬくみゐる我もまた 森澄雄

シベリヤ見き眼にて白鳥我をみる 高野ムツオ

我を見ぬふりをしばらく寒鴉 行方克己

我を遂に癩の踊の輪に投ず 平畑静塔

怖るるに足らざる我を蟹怖る 相生垣瓜人

我病みて冬の蝿にも劣りけり 正岡子規

行く我にとゞまる汝に秋二つ

待遠し俳句は我や四季の国 三橋敏雄


俳人はとにかく「我」が好きなのであるらしい。

2013年6月15日土曜日

六月


あ、まだそこにいた六月のさざめきのなか


西東三鬼の句に「まくなぎの阿鼻叫喚を吹きさらう」というのがある。先日、ウェブで何か読んでいたら、この句の下五を「ふりかぶる」にした句が出てきた。それでちょっと調べてみた。「西東三鬼全句集」(都市出版社、1971)を見ると、句集「夜の桃」のところに、こんな具合に並んでいる。

まくなぎの阿鼻叫喚を吹きさらふ

 まくなぎの阿鼻叫喚をひとり聴く  現代俳句22・5

 まくなぎの阿鼻叫喚をふりかぶる  三鬼百句23・9

ちなみに「夜の桃」は先行する「旗」(1937)等からの再録を含む句集で、発行は昭和23年9月。上に示された「ふりかぶる」の「自註句集『三鬼百句』」とほぼ同時に出ている。ちなみに「夜の桃」での表記は実は「吹きさらう」であって(ママ)が付いているとのこと。手元にある「西東三鬼句集」(芸林21世紀文庫)では「吹きさらう」としている。

三句を比較してみると、最初に発表された「ひとり聴く」は、まくなぎに頭を入れてしまった様子を静的に捉えて描写していることに気付く。これに対して「ふりかぶる」は、まくなぎに頭を突っ込んでいく様子を主体の動作として描写している。「吹きさらう」はさらに、主体がまくなぎに突っ込んでいくだけでなく、まくなぎも主体によって崩されていく様子を描写している。

「ひとり聴く」→「ふりかぶる」→「吹きさらう」の順番で改稿されてきたのではないかと思う。個人的には「吹きさらう」が好き。

角川の歳時記では、まくなぎの例句として「ふりかぶる」を挙げている。ウェブで検索してみても「ふりかぶる」が多い。「増殖する俳句歳時記」でも清水哲男さんが「ふりかぶる」を挙げている。清水さんの文章では、句の引用元として上に引用した都市出版社版の「西東三鬼全句集」を挙げているので、三つの句を比較したうえで「ふりかぶる」を選んでいると思われる。

同じようなことは他の句にもあるようで、たとえば、「旗」(1937) の

ピアノ鳴りあなた聖なる冬木と日

が、自註句集「三鬼百句」(1948.9)では

ピアノ鳴りあなた聖なる日と冬木

に改稿されていることについて、週刊俳句で取り上げられている。週刊俳句の記事には書かれていないのだが、実は、この句も「夜の桃」(1948.9)に収録されていて、そこでは元通りに「冬木と日」になっている。

「夜の桃」と自註句集「三鬼百句」の発行がほぼ同時なので、三鬼本人としてどちらを最終形としたかったのかはよくわからない。しかし、ここによると、「この『自註句集・三鬼百句』の原形は前年の昭和二二(一九四七)年五月に新俳句人連盟総会に出席するために神戸より上京する車中で認められたものである」とのことなので、そうであれば、「夜の桃」に納められている句が作者としての最終形と見るべきなのかもしれない。


2013年6月10日月曜日

理屈


天國も地獄も理屈竹夫人



日曜日に久々に運動した。今日は全然駄目。

2013年6月5日水曜日


虹架ける轟音我は聞かざりき




虹が生まれるところを見たことがあるという人がいて、とても口惜しかった。ひとの経験をうらやむ年齢でもないのだけれど、これは別。

虹といえば、子どもの頃、家の近所にすごく立派な虹ができたことがあって、その根元は保育所の裏のお寺のあたりにありそうだった。なんとしても消える前に行かねばならぬと、三、四人の仲間と夢中で走っていった覚えがある。バス停の下の坂をぎゃあぎゃあ言いながら走り下りているあたりは鮮明に記憶しているのだが、雑貨屋の前あたりで記憶は途切れ、その先がどうしても思い出せないのである。

2013年6月3日月曜日

鵜飼


黄昏るる文明幾つ鵜飼舟








今日は朝から「何億光年輝く星にも……」がずっと頭に居座っていてお願いですから消えて下さい。


2013年6月2日日曜日

共感性(みづ 補遺)


夫に告ぐべきことも無し立葵  くろやぎ

 これをスタートとして、

妻に告ぐべきことも無し立葵

 これは全然チガウ感じがする。かといって、

夫に告ぐべきことならず立葵

 これだと差し迫った感が強い。深刻すぎる。

人に告ぐべきことも無し立葵

 ふーん、どうでもいいよ、て感じ。

人に告ぐべきことならず立葵

 ひとりで地べたを這って悶えている、勝手に悶えてろよ、というか。まったく共感できない。

夫に告ぐべきことも無し鰯雲

 これはどうしようもなくチガウ。

夫に告ぐべきことならず鰯雲

 うーん、惜しい。(惜しいのか)

 蒲団に入って頭の中で遊んでいて面白かったので、書いてみた。



鰯雲人に告ぐべきことならず 加藤楸邨