2012年2月1日水曜日

夏蜜柑


夏みかん崩れるなよぐれるなよ くろやぎ

夏蜜柑みんな不幸になればいいのに

こはがらずはじめの一歩夏みかん

千年の枕辺に水、夏蜜柑

それはそうと……

その年の春に親父が亡くなったわけです。前の年の夏に癌が見つかって、でももう手術で取るには手遅れで、抗癌剤で進行を遅らせるくらいしかなかったんです。でもね、兄から聞いたんです。親父には癌だということは言ったんだけど、切らなくてもいいくらいの癌だから、抗癌剤でよくなるよって言ってたんだそうです、医者も兄も。この新薬は良く効くんですよ、副作用もないしと医者が言ってたそうです。暮れに見舞いに行った時に親父がそう言ってました。実はそのとき親父に聞かれたんですけどね、兄ちゃん、なんか言ってなかったかって。抗癌剤で治るそうだよって言ったんです、俺も。

親父は農家の三男で、若いときに実家を出て商売してましたからね。墓がないわけです。親父も60過ぎたくらいから気にしてはいたらしいんですが、用意はしてない。それで兄は親父が入院したりしている間、探し回ったらしいです。それで、車で山側にちょっと登って行ったところの市営霊園に空きがあるっていうんで。間に合って良かったよって、二月頃に行った時に言ってました。坂の途中だから歩いていくと大変だけどなって、苦笑いっていうのかな、まあ笑ってました。

それで、春の、ゴールデンウィーク明けの頃でしたね。まあ一年近くは生きられたし、痛みもほとんどなかったからよかったね、と葬式の時にはみんなに言われました。

まあそんなことを思い出しながら、墓石を見ていたわけです。坊さんのお経を聞きながら、墓地の階段の下にみんなで突っ立ってたんですけどね、みんなで。四十九日でね。納骨するっていうんで伯父さん叔母さんとか呼んで、みんなで墓地に来たんです。それで、お経のあいだ、坊さんの方を見るふりして俺は墓石を見ていたんです。見ていたっていうよりぼーっとしていただけかもしれないですけどね。新しい墓石なんですよ。黒御影っていうのかな。けっこう高そうなんですよ。兄も奮発したんだなあって。

でまあ、それが新しい墓石なんで、表面がつるつるぴかぴかなんですよ。黒御影だし。その時ふっと、石に何か映っているのに気が付いたんです。ずうっとお経聞きながら墓石眺めてたはずだから、目には入ってたはずなんですけどね、意識にはのぼってなかった、それまでは。何かまるい、明るいものが映ってるの。なんだろう? じっと考えたんです。あたりを見回しでもすればすぐにわかるはずなんですけどね。どうしてもそれが何であるか知りたいってわけでもなかったし、お経を上げて貰っているんだからあんまり動いちゃいけないっていう意識もあったのかもしれないです。

でもまあ、あれはなんだろうかあ、となんとなく気になってですね。考えていたんです。それで、そうか、あれだ、と。俺の実家のあたりは昔からの土地だから、庭とかみんな広いんですよね。それでどこに行っても柿とか枇杷とか夏蜜柑とか、実のなる木が植えてあるんです。でも、柿の季節じゃないし。夏蜜柑も春先くらいに全部とっちゃうんですけどね、いつも高いところに二つ三つ実を残しておくんですよ。木守柿ってあるじゃないですか。あれと同じみたいなことだと思います。むかし親父がそんなこと言ってました。きっとあれだって、そのときわかりましたね、俺は。

墓石に映つてゐるは夏蜜柑 岸本尚毅



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