2020年11月28日土曜日

目


梟の目で見るな俺はおれである


ブログがあるのは思い出したが使い方を忘れた。

2017年4月6日木曜日

大蛇のごとく


初蝶が大西順子なら死ねる


言うまでもないけど大西順子さんてのはジャズピアニストです。

大阪の高槻で五月のゴールデンウィークにジャズストリートというのがある。その辺の飲み屋とか喫茶店とか焼鳥屋とかお寺の境内とかJRの線路下とか教会の前庭とか児童公園とかもっと大きい公園とか農協とかデパートの屋上とか学校の校庭とか市民ホールの視聴覚室とか小ホールとか大ホールとか周回バスの車内とか文字通り至るところでジャズが演奏される。2日間ずっと続く。似たようなイベントは各地で随分増えてきたがここで20年近く前から毎年やってる。すべて入場無料。飲み屋とか喫茶店とかはワンドリンク。演奏する人にも一杯飲んでほしいと思ったらチップ。

有名な人もでる。無名な人も出る。たくさんたくさん出る。無名と言ってもおれが知らないからおれに無名と言われてしまうだけでおれが毎年行っているとおれが名前を覚える人は増えるからそういう意味で有名人の出演は毎年増えている。そんなこんなの有名人の一人として去年のことここに初めて大西順子がトリオで出た。会場はジャズスト最大の1,000人くらい入るホールで穐吉さんとか日野さんとかも来るとここでやる。笹井さんもここでやることがある。それで実はここに入るには結構並ばなくてはならない。ホールの2階入り口から階段を下りて駐車場を突っ切って隣のグラウンドまで行列が続く。折り畳み椅子を持ってきて座ってずっと待ってる。グラウンドでも何かの演奏をしてるから並びながらそっちを聴いてる。あと屋台で買ってきたうどんぎょうざとビール。近所の爺ちゃん婆ちゃんとかおじちゃんおばちゃんおにいちゃんおねいちゃんいろんな人がそれこそ伝説の大蛇のようなぐねぐねの列を作ってとにかく沢山並んでる。

大西順子さんてのはすごいピアニストなんだけど何年か前にもう引退するとか言いだして辞めちゃった。その人が高槻に来てジャズストに出るのである。といっても並んでる人の中で大西順子の名前を知ってる人はたぶんあまり多く無いんじゃないかとふと思う。いやそう言い切ることはできないけれどたぶん多数派ではないのではないかなと。それはそういうイベントだから。みんなここでジャズを聴くのが好きだから。おれも友達から教わってたまたま知ってただけだし。

で開場するとあっという間に1,000人くらいの大ホールがぎゅう詰めになる。とにかくぎゅう詰め。大西順子でなくてもいつもぎゅう詰めだがとにかくぎゅう詰め。普通の公演とは若干違う意味のぎゅう詰め。どう意味が違うかは自分の目で見ないと分からないそんな意味においてのぎゅう詰め。1グループ1セットが1時間で3セットでワンステージ。入れ替えがあるから1セットは実質45分くらい。短いから油断してるとすぐ終わるので集中して聞く。

で大西順子トリオ。1曲目からいきなり全開。すごい全開。あれ客席の空気がなんか変。爺ちゃんも婆ちゃんも息を呑んで聞いてる。おれも息が苦しい。で1曲終わった途端にすごい拍手。しかも鳴り止まない。普通のコンサートとかライブとかでラストに拍手が鳴り止まないってことはある。でも鳴り止まないと言ってもそのうちに鳴り止む。常識的な線がある。まあせいぜい30秒とか凄いときで1分くらい? 1分拍手が鳴り止まなかったら相当にすごい。それがその大西順子トリオの1曲目の拍手はそれどころではない。ホントに全然鳴り止まない。しかも1曲目。途中で大西順子がマイクで割って入ったがそんなことはものともしない。とにかく拍手が全然鳴り止まない。大西順子は困ったような驚いたような顔をしてる。いつまで続くのかと思ってそれでも鳴り止まなくてまたいつまで続くのかと何回か思っているうちにようやく鳴り止んだ。

あんなところにいられてなにもかもがほんとによかったです。

2014年9月19日金曜日

人名俳句


人名俳句というジャンルがジャンルとして認知されているのかどうかは知らない。なぜか色物っぽい感じがする。(色物の俳句て何?、とか聞かないでください。)自分で作ったのは、、、と思い出そうとして、ミック・ジャガーは思い出したが、あとはなにかあったかな。あまり無いと思うが、もうすこしあったかもしれない。モディリアニとかあと誰かもあったかもしれない。

だいたい、ツイッターで書きちらす以外に、あちこちに出したりしてそのままだから、覚えている句は覚えているが、忘れたのは忘れた。その気になって探せば8割くらいは見つかると思っているが、思っているだけだと思う。そういうものですね。

↓これはいかにも色物だが、割と気にいっている。動画(のurl)までつけて俳句ポストに投句したが蹴られた。




秋つばめ顎で風切る橋幸夫  くろやぎ



動画を見なおしてみると、見栄は切ってるんだが歌舞伎みたいにオーバーじゃないし、あまり「顎で風切」っている感じがしない。俳句ポストで蹴られるのも当然である。でも、わたくし個人としては、1日2日経ってからこの動画のことを思い出すと、またしても、顎でビュービュー風切ってる映像が脳裏に湧いてくるんだなこれが。テレビっ子時代の記憶が歪んだままにおっさんの脳のどっかに固着しているということでしょうね。

2014年6月24日火曜日

間際効果


走ってる ハンカチ落としてからずっと








昔からよく知られている「間際効果」というのがあって、それは何かというと、なかなか進まないしごと(対価を得る「仕事」に限らず、広い意味での単なる「しごと」)も、どこかの誰かによって締め切りが設定されると、実はそれでもすぐにはなかなか進まないのだが、締め切りの間際になっていやいやでも手を動かし出すと、いつしか勝手に手が動いたかと思うと、みるみるうちにはかどって、あっという間に終わってしまうという、アレのことである。

この間際効果というのは本当にあって、それは僕自身身をもって知っているのだが、実は最近新しい発見をした。何かというと、締め切りが定期的に繰り返し繰り返しやってくるような状況では、最初のうちは間際効果で確かにサクサクとしごとをこなせるのだが(この「こなせる」、状況をどことなく他律的に眺めているような意識が既に入り込んでいる)、そのうちに体のどこかでキョゼツハンノウとかいう虫が蠢きだして、最初は小さい小さい虫が1匹いるだけなのだが、日を追うごとに2匹が4匹、4匹が8匹、8匹が16匹、、、、と増えてくる、そしてついには掟破り、ではなく締め切りを破ってなにもかも放り出す、ということになるのである。締め切りを放り出すまでの期間というのは、おそらく人によってだいたい決まっているのではないかと思うが、僕の場合はざっと20回か30回の締め切りが続くともう駄目らしい。

到底、いしいひさいちにはなれそうにない。

2014年5月30日金曜日

沖縄


沖縄やシャワー浴びるに口ふさぐ





子どもの頃に大好きなアイスクリームを食べ過ぎてお腹をこわして以来アイスクリームが食べられなくなった、というような話を時々きく。そういう食べ物がある人は結構いるのではないか。実は、僕にもそういう理由で食べられない(絶対に食べられないわけではないが、食べようとすると体の中の何者かが拒絶している感じがする)食べ物がある。

休暇な、もとい旧かなで俳句を書くのをやめることにした。文語文法も基本的にはやめる。まあ、文法については、有史以来の日本列島のことばが文語と口語に2分されるわけでは全然ないので、厳密にというわけではない。やめるのにたいした理由があるわけではないのだが、ある時、旧かなや文語で書こうとすると体の中の何者かが嫌がっているような感じにおそわれたのである。(アイスクリームと違って、お腹をこわすほど旧かな・文語を使いすぎたわけでもないのにね。)

2014年5月19日月曜日

植田


植田まだ空を映しているばかり 高濱年尾

さつぱりと植田三枚夕景色 柴田白葉女

植田守る男ときをり街を眺め 福田甲子雄

夜の植田シーツの幅に人は寝て 北原志満子





知り合いの上田さんはローマ字で名前を書くときは Ueda と書く。普通である。知り合いの植田さんは、ローマ字で名前を書くときは Weta と書く。上田のうはあ行のうだが、植田のうはわ行のうであるらしい。

そういえば、新聞の投書欄で読んだ話だが、大阪出身で奈良在住のその投書家の方も、同じ職場の方々もずとづを区別して発音しているし、聞き取っているという。私はづとずの違いについては何かで読んだことはあるが、自分では聞き分けられないし、聞き分けられないから発音しわけることもできない。

ああ、ちがいがわからないおとこである。

2014年5月11日日曜日

白昼夢


籐椅子のリリアン・ギッシュまどろめる


10代のリリアン・ギッシュ (w/ ドロシー・ギッシュ) -- An Unseen Enemy (1912)

90代のリリアン・ギッシュ(w/ ベティ・デイビス) -- The Whales in August (1987)

嗚呼、全然変わってないぢゃないか!

2014年5月5日月曜日

近江の人は惜しむだけ


ぶらんこや地べたに俺に空が青い

葭の角幾たび生まれかわつても


釈然としない病も春菊も


嗅ぎあててみよ胎生の春泥を


後悔や行く処なき春の水


古傷をつつつくあそび春の雨


芽柳は大気に頭突つこんで


ゆつくりとうたふともだちはるのくも


つちふるやいつかぼくらもそこへゆく


馬の子を圧し潰さんと空青し


つばめ飛ぶことばにできぬ衝動を




今年の春はめんどくさいことに巻き込まれて毎日ああでもないこうでもないと巻き込まれた仲間たちと右往左往しているうちに終わってしまった。ようやく晩春のステージまでクリアしたが次は初夏のステージが待っている。昔から敵というものは懲りない、諦めない、反省しないものである。(まあしかしこの生活にも慣れた。なるようにしかならんし。)

俳句は適当に並べてみたが、俳句ポストに出した句と自分のツイッタで勝手に囀った句の間には、水と油のような「混ざらない感」があるなあ(と今更ながら思う)。題詠苦手ということもあるのだが、それにしても…… 余所行きの句はやめようと決めたはずなんだが。

2014年3月1日土曜日

二月尽


ここでまた佐保姫に逢ふ闇小路

風光る再び生まれ来る子らに

町中の子ら取り替へて二月尽


久しぶりにブログでも書こうかと思ったらパスワードを思い出せなくて苦労した。で、苦労してようやく潜り込んだら、何を書く気だったのか忘れているという、春の烏。

さて、気を取り直して何かてきとーに書いてみる。

二月である。もう終わったけど、昨日まではとにかく二月であった。二月というのは、月の初め頃に節分があって立春があって、あとは大体冬の続きみたいなものである。むかし、日本では立春の前の日にソイビーンを撒いてデビルをやっつけるんだよと東欧人に教えてやったら、ああ俺の国でも似たような行事があるよソイビーンは撒かないけど、と教えてくれた。寒くて暗くて辛い冬がようやくくたばりそうになるのを祝ってお祭り騒ぎをするのは、世界中どこでもあることなのかもしれない。それで、二月にはいつも再生の気配があるのだろう。

二句目は松山俳句ポストに出した句。輪廻とか生まれ変わりとかということを詠もうと意識して作ったのではなくて、いきなりふわっと言葉が降りてきた。これはどういう意味だろうとしばらく考えてから、そういう風に読めることに気がついた。個人的にはいまはいない家族のことを想起したりもした。で、締切の水曜の夜にようやく投句して、翌朝、電車の中でネットを巡回していたら、日本人の宗教のはなしがあって、「一度生まれの人」、「二度生まれの人」という言葉がでてきた。ちょっと吃驚した。

三句目は取り替え子伝承、まんまである。どうしてこういう考えが受け継がれてきたのか、と思う。

2013年12月21日土曜日

言語化

小津安二郎忌の畳へこみたる

小津の忌日は12月12日。誕生日も12月12日。
ユーチューブを眺めてたら、小津安二郎の映画が沢山アップロードされている。たいへんな時代になったものである。

これを見ていてこみあげてくるこれ、なんだろうねこの感覚は。どのように言語化すればいいのか。むずかしいのである。




こんなことしてないでさっさと年賀状の準備しなくてはならないわけですが。

2013年12月19日木曜日

キチン質


蟬殻を拾へば枯野あたたかし


なんか季語がたくさんある句である。蟬の殻はああ見えてなかなか丈夫で、条件が良い場所で雨に打たれたり踏みつけにされたりしなければ、冬でも結構残っている。蟬自身は殻を脱いで1週間もするとさっさと死んでしまうが、蟬殻は蟬の生に必要とされなかったガラにすぎないからいつまでも残っているのだ、ともいえる。

それはそうと、奈良公園が好きでよく行く。奈良公園といえば鹿。鹿といえば鹿の糞。奈良公園を歩くということは鹿の糞を踏みながら歩くということになりそうだが、そうでもないのは糞虫が糞を処理しているからだと思う。奈良公園の茂った草の下には鹿の糞を食べる糞虫がたくさん生息しているにちがいない。

あをによし、奈良のみやこ、鹿の糞、糞虫、仏の座

これは、兼題「仏の座」で作りかけてみたものの、まとまりそうにもなかったので捨てた句案のガラ。しかし、タンポポの弟分みたいなタビラコに、仏の座などという有り難い名前を付けたのは、糞虫とか鹿の糞とかいうちひさきものどもへの視線が働いていたからではないかとは思っている。



2013年12月15日日曜日

夜

寒林に入り青蝶の死に会ひぬ


なんか知らんが、夜にひとりでいたりするとダウナーな気分になるわけである。いちばんよくないのは出張でビジネスホテルに泊まったりしているときで、缶ビール飲みながらyoutubeで懐メロ見出だしたりするともう止まらない。涙ぽろぽろ。







2013年12月12日木曜日

ことば


人間のことばを知らず室の花


生まれたての赤ん坊は言葉を知らないので、周りで大人があやしたり話しかけたりしてもへらへらしたりそっぽを向いたりする。興味があるのは、やつらが言葉を理解するようになっていく過程というのは、やつらにとってどういう体験なのだろうかということである。ううむ、こう書いてしまうと興味の中心がボケてしまう。つまり、言葉を知らない、言葉という概念すら想像もできない状態、人生で一度は体験したはずだが既に忘れてしまったその状態を、できることならもう一度体験したい。

あるいは、ある年齢までの幼児は声にだして話される言葉は理解するし自分でも使うことができるのだが、書かれる言葉を知らない。これも不思議なことで、書かれる言葉を全く理解できないという状態はどういうものなのだろうか。単に理解できないだけなら、東南アジアへでも行けば体験できるし、それはそれで迷子になったような孤独感を味わえるのだが、悲しいかなあのくねくねは何か意味を載せた文字というものであることは知っている。そうではなくて、文字というものの存在を知らない生を生きてみたいのである。

死ぬまでにそういう瞬間が私に戻ってくるのだろうか。


2013年12月3日火曜日

エロ(ス)

2つ前のエントリーのコメント欄で、俳句におけるエロスの話になって、ずっと以前のエントリーで書いたnudeとnakedの違いに似た違いがエロとエロスの間にあるとかないとか、という話に広がった。それで、ちょっと集めてみた。



啓蟄をかがやきまさるわが三角洲(デルタ)  櫂未知子

ぎりぎりの裸でゐるときも貴族

シャワー浴ぶくちびる汚れたる昼は


まはされて銀漢となる軀かな   柴田千晶(「超新撰21」)

スクリューのごとき男根枯野星

内股に触れし冷たき耳ふたつ


ちんすこう共寝のたびに音たてて  後藤貴子(「飯蛸の眼球」)

仏手柑をまたぐ姿勢にこだわりぬ

恋しとど浴びあんこうの生乾き



櫂さんの句は、題材がそれっぽいので載せてみたが、あまりエロくないし、エロスでもない気がする。とくに前の2句は金子兜太さんあたりが睾丸とか尿瓶とか詠んでるのに近い気がする。いや、そこまでのリアリティはないか。

柴田さんの句は、「作者と作中主体は違うのである」というような但し書きがついていそうな(実際にはついてないが)気配。第三者(読者)に見せるために書いているように感じる、という意味で nude もしくはエロ。

後藤さんは、nude 対 naked論のご本人で、なるほどたしかに nakedな感じである。しかし「関係」を描いているからエロスを感じるかというとそれほどでもない。にんげん界のエロスから物質界の何かに向かって分解されつつある途中という感じ。逆にそのせいか句集には一読の印象はアッサリしているが、繰り返し読むとじわじわ来る句が多い。で、もう少し引きたくなった。(こういう題材の句ばかりというわけでは勿論ない、為念。)



愛ばかり包めば湿る新聞紙  後藤貴子

自愛かな凪に残れるわが指紋

夜更けて毛深き桃で手を汚す

軍艦の三角サンド乾きけり



(話の発端になったとおとさんの句も引かせていただこうかと一瞬思ったのだが、句集に纏められてからの方がよいかと思い、今日はやめておくことにしました。)


2013年11月30日土曜日

秋

コンピュータの電源コードに足を引っ掛けて抜いてしまった。再起動したところファンがフルスピードで回って止まらなくなった。ただでさえ暖房のない部屋が寒くて困っている。



色とりどりに戦隊つどひ秋高し

秋分の悪魔やさしい息遣ひ

初潮や星が星恋ふ人もまた

秋澄むやひとりで泣いてゐる悪魔

またひとりにんげんが来る真葛原

彼岸花ここよりほかにゐるわたし

長生やハルポマルクス忌の厠

魔女と棲んで永い夜食を食べるかな

小鳥来て鳥のことばで我を責む

人倫をのたうつホース見てゐたる

父でゐることはおそろし榠樝の実

秋昼や頼まれて鈴振つてゐる

まちがへて時々碧くなるめだま

少女らは磔刑が好き百舌の國

百舌の王磔刑の脚垂れたまま

こひびとのうたふくちびるからすうり

神の留守ちひさくちひさく指むすぶ

結び目をどうほどいても神の留守

観念はときに身を責む片時雨


2013年11月23日土曜日

ルポルタージュ 季語に挑んだ8ヶ月(みたいな)

松山市公営の俳句ポスト365に投句しだしてから半年くらい経っただろうか、ブログを掘り返してみたら3月末が初投句なので、もう既に8ヶ月である。他人(ひと)様の撰をあおぐというのは、よくよく思い出してみると俳句に限らず僕にとっては初めての経験だったので、この間いろいろ思うこともあった、忘れないようにここに書いておこうと何度か考えてもみたのだが、ブログという奴はサボりだすといくらでもサボれるしなあ、とかぐだぐだしているうちに書かないできた。薪が湿ってしまうと火を付けようとしてもぐずぐず燻るばかりで多少のことではなかなか火が付かない、というのと似ている。

それが先日、というか昨日だが、最近やはり俳句ポスト365に投句を始められた方がツイッターで呟かれて、その内容自体がどうということではないのだが、それを読んだのをきっかけに記憶の襞のどこかに火がついて、それがぐるっと巡りめぐって発火点に達した、というかまあ書く気になった。以下、個人的、かつささやかな内的体験の記録である。

それで、と。

俳句ポスト365というのは、毎週、兼題が出されるわけで、兼題というのは一般には季語の場合も季語でない場合もあるのではないかと思うが、この場では必ず季語が兼題として出される。季語にもいろいろあるが、籾、蚕、筍飯という具合に、僕のような地に足がついていない生活をしている人間にはリアリティ薄めの季語がつづくのである。

これまで、俳句みたいなものをかれこれ3,4年作ってきたのだけれど、季語は取って付けたようなというと言い過ぎだが、正直言ってイメージを喚起するパーツくらいにしか意識してこなかった。言葉の組み合わせをあれこれいじっているうちに、何かがぱっと出来て、そこにどうかすると季語が入っていたり入っていなかったりする。入っていなければ後から付けたり、というようないい加減なことをしてきた。

それが、まず季語があってこれを主役にして作らねばならない、ということの難しさを、俳句ポストに向けて実際に作句を始めてからようやく気がついた。最初に投句したのは、

芹洗ふにんげんの皆俯いて

芹薺御形繁縷本能寺

と、あと一句は平仮名だけの言葉遊びの句。芹洗ふの句を並に拾っていただいて、芹薺は松山城主よしあきくんが遊んでくれたのでまずは満足。その後、

逝くときは一握の籾まくやうに

人の声消へて蚕の咀嚼音

畳まれて仔鯉ののぼり母のうへ

と続いた。毎回、締切めがけて頑張って、出来ると投句、もうちょっとましなのができるとまた投句、というようなことをしてだいたい3句か4句作って投句していた。その中で、自分として一番良いと思う句を毎回選んでいただいて、ああそうなのか、という感じをもった。一方で、明確に意識していたわけではないのだが、この頃は、ひとさまのお宅なのだからお行儀良くしようというような意識があったと思う。そのことは、以前にも、季語に奉仕してる感じがするとかなんとか、ここに書いたと思う。

そういう感じがあったので、並とか人とかに選んで頂いておきながら自分としては何か満足できないところもあったわけで、その辺りから、季語のイメージ(ふつうは「本意」というのだと思う)を踏まえつつも自分のやりたいことを試みるようになった。語彙の選び方で説明するのが分かりやすいと思うが、真実、観念、逃げる、文明といった硬めの言葉を季語にぶつけてみる、ということをして何週か出してみた。しかし、この中では観念以外はすべてボツ。一緒に出している「季語に奉仕している感じ」の方の句が取られるということが多くて、野球でいえば勝率3割廣島東洋カープみないな口惜しさ。

筍飯海道遙か来たりけり 

観念重たし夏蜜柑は枝のうへ


蜘蛛の囲にペルシアの王をふと見たり

蜘蛛の囲や真っ青な空に鳥がいない

星ひとつ鵜飼の貌のいや紅し

選ばれていながらちょっと悔しいのである。しかし、いや待て、そうはいっても自分に作句上の技術が足りない自覚はずっと持っていたので、このさい折角だから技術を身につける努力でもしてみようかと思うことにした。永く忘れていた向上心。ポジティブシンキング。

その頃までには、夏井さんの句評とか撰の傾向として、固有名詞(特に地名)、数詞、色、あたりがポイントになっていることが多いことに気がついていたのだが、自分ではこれらの要素はそれまでほとんど意識していなかった(そういうものが含まれることが良いと思ってもみなかった)ので、技術向上トレーニングの一環として作ってみた。

瓜を冷やせ埃及より友来る

ポンポン山に雲湧くを待て冷し瓜

すると、あろうことかあらざることか、それまで越えられなかった(いや、どうしても越えたいと思っていたわけではないのだが)人地の境界を越えて、埃及の句が初めての「地」を受けた。その選評にポンポン山も載せて頂いた。ちなみに、ポンポン山は国土地理院謹製の地形図にもある歴とした地名である。選んでいただいておいてこういうことを書くのは人間としてどうかと思うがこの際書いてしまう、初めての「地」で嬉しかったかというと、これが実は全然嬉しくなくて、それどころか、なんとも非常に釈然としない思いだけが残った。要するに自分のものでないものを褒められた不満。

で、翌週の兼題は「鰺」。1句出し。

強情な我ゐる鰺にぜいごある (選外)

我ながらひどい態度(笑)。翌週は「夏木立」。3句出し。自分寄り1句、季語寄り1句、中間1句で選ばれたのは季語寄りの1句。


さて雨の音してやがて夏木立

その後も、表には見えない(それどころか闘っている相手にも見えない)一進一退の攻防が続く。

サバンナまで繋がってるか夏の空

合歓の花散りて舗道はあの世めき


シロサイがゐない夏野を走るひと

永遠のうちの一日日日草


金魚にもある生活と意見と斑(ふ)

土砂降りの街ずぶ濡れの金魚我等も


朝凪や空気に重さあるといふ

少年二人二の腕細し焼きオクラ

生まれては生まれては死ぬにんげんに桐一葉

これらのうち、金魚くらいまでは実感としては勝率4割 5分くらい。金魚は「人」2句で一見勝ちに見えるかもしれないけれど、5句出しの選外3句の方にも愛着があるので自分としては負け(身勝手御免)。そうこうするうちに季節はめぐり、猛暑の夏を迎えて、オクラ、桐一葉は闘いどころではない息絶え絶えの1句出し。

その後、夏季恒例の体調低下でしばし休戦。





さて、9月になって投句再開。まずは秋の雷、いきなりの6句出し。

秋の雷ミック・ジャガーに皺深し

秋雷や忽ち昏し畝傍山

ミックが「地」、畝傍山が「人」。この「地」も「人」も固有名詞だが、アレ、なぜか悔しくない。埃及の時とは違うのである。畝傍山はともかくミック・ジャガーには納得している俺がゐる、という感じ。

秋分や心臓がどくんといふ

秋分の未知数多き方程式

秋分は4句出しで、選外の1句が自分では一番好みなのだが、これもなぜか口惜しくない。それで不思議に思って自分の心理を分析してみたわけであるが、要するに(明確にそういう意識があったのではないが、どうやら)選ばれて逆に口惜しくなるような句は最初から投句しない、ということをしていたのである。気がついてみれば逆転の発想。これなら、勝手に負けた負けたと悔しがる必要もない。

その後、今度は意識的に、投句を1句か2句に絞って、出せるものだけ出すことにする。

秋高し映画の地球幾たび滅ぶ

秋祭ひとつ灯して夜空かな

惑星はまたたけぬ星夜食食む

木星を金木犀が照らす夜半

そうしてみると、秋祭のような句が選ばれてもなぜか口惜しくない(←ここだけ取り出すと相当におかしなことを書いていることは自覚している)。他に自分にとってこれぞという句を出していないのだから当然である。むしろ、ちょっと技術がついてきたんじゃね、などとひそかに悦に入っていたりする。

10月。いよいよ体調復活。鵙は2句出し。

十九歳、童貞、無口、猛り鵙

縄文の父祖の暮らしや鵙の贅

小学生俳人も出入りしている公営ポストに「童貞」はどうかと一瞬思ったが、そういう遠慮はしないことにしようと、この頃には決めていたのである。縄文の句も相当にえぐいのだが出した。他は出さない。両方落ちてもよいと思っていたのだが、ともに「人」。なあんだ、という感じ。十九歳の句は出句後に詠みなおした。

十九歳、童貞、無口、鵙猛る

こっちの方が絶対に良いと思うのに、どうして投句前に気がつかなかったのかなどと思う心の余裕が生まれている。たいへんに興味深い心境の変化である。

鵯め襖絵にゐるつもりかえ

鵯には手を焼いたが納得ずくの1句出し。次の初時雨は苦手ではない季語だったのだが、まさかの投句忘れ。あほ。お次は枯葎で、これはどうしたもんだか随分悩んだ挙げ句、締切の水曜日の帰りの電車の中で、なんのはずみか、それまでいじっていたのとは全然ちがう言葉の組み合わせがぽんと出てきて、とりあえず1句投句。帰宅後しばし思案ののち、詠み直しを締切間際に再投句。(←このあたり、なかなかルポっぽい)

枯むぐら我等は笑ひつつ亡ぶ

木曜日の人並選に外れて、まさかのスコンクなどとふざけていたのだが、なんと翌日に「天」。正直どう考えても勿体なさすぎる内容の長文の選評を頂いた。それで、ちょっとしたきっかけでその時の感想みたいなことをツイッターに書いたというわけである(このエントリーの最初に書いたこと)。一部をそのまま引用する。

そんなところで、今回の選評を頂いて、深いところまで書いて頂いて、なるほどそういうふうに読み取っていただいたのね、と思う一方で、実は、自分としてこの句のポイント(の一つ)と思っているところには直接は触れられていないわけです。それで自分がどう感じているかが自分にとっても興味深いわけですが、僕としてはそういう戦評が全然不満ではないわけです。それで、どうして不満でないかさっきから考えていたのですが、どうやら、自分としてはあの句はあの句として放り出してしまったという感覚になっているらしいわけです。子どもが星人もとい成人して家を出て行った、みたいな。

よく、作品は発表したら自分のものではない、というようなことを言う人がいて、それはいさぎよいようだが本当は絶対に違うと常々思ってきた。自分の作品(とわたくしごとき素人が言うのもおこがましいが、それはそれとして)はどこまで行っても自分の作品である、と思う。この考えは今でもまったく動いていない。

で、ここから先が実は以前と違うことなのだが、発表した作品は自分(「作者」)のものであると同時に、読んでくれる誰か(いわゆる「読者」ですな)のものでもあるのではないかと考えるようになっているのである。作者にとって、作者としてそれを書いた意図とか思い入れがあるのだが、それは実は読者にとっても同じことで、読者が読者自身としてその作品を咀嚼するという読者固有の行為があるのではないか。子どもはいつまでも子どもだけど、自分の世界で自分をつくって行けよ、みたいな。

で、こういうことを言っていると、きっと子どもに「おやじもずいぶんとおとなっぽいことを言うようになったものですな」などと言われるのである。くそ。





Siri


俳句関係専用にしているGmailアドレスがあって、最近は、俳句ポスト365に投句すると帰ってくる確認メールとか、一句一遊にメール投句した控えとかだけが溜まっている。さっき、そのアドレスのメールボックスをずーっと遡っていったら、一昨年の暮れから去年の5月頃までのツイッターのお知らせメール(☆とかリツイートとかの)があって、思わず一つ一つ開いて読んでしまったわけです。

現在書いているのと方向は大してかわらないのだけれど、正直、最近書いているのよりも面白いんじゃないかと思ったわけです。大して進歩はしてないと自覚してたけれど、実は、進歩どころか後退していたかあああああ、と。まったく嘆かわしい。

それで、残っているtwitterのお知らせメールの最古のが、2011年12月16日のツイートをみさん(おお、懐かしい!)とるいべえさん(おお、懐かしい!)がファボってくれたことの通知。そのファボられたツイートは、

黄泉はまだ滅びてゐぬかSiriに訊く

であったりする。ためしに2年ぶりにSiriに同じ質問をしてみたが、相変わらずはぐらかされた。年々歳々花相似たりというやつ。



2013年9月9日月曜日

和解


ああ屁糞葛が匂ふ人類忌



(昨日、ここにいろいろ書いて、今日ちょっと書き足してからアップしようとおもってたんだけど、全部消えてもうた。声も出ない。)













鰯雲かたちあるものから消える



2013年9月1日日曜日

八月


空蟬を潰す戻らないと決めて

抽斗が開かない顔が取り出せない


突如建つ尖塔に似て晩夏光

赤富士はあの日の記憶かもしれぬ


壮年いまや地べたを這へる悪茄子

邪なわたくしがゐて稲の花

邪なあなたが嫌ひ稲の花


秋雷や気配してから鳴る電話







八月見切りセール。脈絡がないがそこが八月らしいところ。

それにしても大変な八月であった。梅雨明けの1週間の暑さを耐えたらちょっと涼しくなったので、今年はイケルのではないかと思ひ、おいらにも悪茄子の強さが身についたかと思ったのが大きな間違い。いつしか暑さは我が身体を蝕みて八月も十日を過ぎるともはや虫の息、、、
というようなことを書いている今日はすでに九月。もはや我が天敵八月は去ったのである。庭で鳴く虫の声も心地よくなんだか体の芯の辺りから復活してきている気がする。

何か真面目に書きたいことがあったような気もするが、またこれからぼちぼち書くことにして八月尽。

2013年8月16日金曜日

切れ端


  フランシス・ベーコン展素描


君、顔が透けてゐるよ誰かゐるのかそこに

固有名詞捨ててしまへ 淡くなるよ身体

半透明な鬱だな 死はちゃくちゃくと

俺の中でいつも叫んでゐる誰か

抽斗が開かない顔が取り出せない

肩から消へ始めるのかさうかと思ふ

身体は半ばここにある 残りはどこ? さあ