2013年4月13日土曜日

ふしあはせ


たましひがなくてふしあはせなやかん

僕はながいこと本といえば小説ばかり読んでいました。小説というのは決まりごとはあまり無くて基本的に何をしてもよいという世界であって、作者は好きなことを書けばよいし(売れる売れないは別として)、読者としても好きなものを好きなように読めばよいわけです。

それで小説の中には、読者を不幸にすることを主たる狙いにしているものがあるわけです。普通にまっとうな読書生活をしようとしている読者が道を歩いていると、あるとき足もとから手を伸ばして地中に引きずり込もうとする。いやだいやだと思ってあがいても、逃れることはできず、ついに引きずりこまれる。縛り上げられたり、窒息させられそうになったりしたあげく、もう小説読むくらいでどうしてこんなに不幸にさせられるのか、と打ちのめされてしまう、と。そのようにしてなおも読み続けていくと、あるときふと、どこかの小部屋でひとり正座してじっと鏡を覗き込んでいる自分がいるのに気づく、と。まあ、そういうやり方で読者を翻弄するわけです。

それでまあ、俳句にもそういう不幸系、ふしあわせ系みたいなジャンルがあっても良いのではないかと思うわけです。にんげん誰しも幸せなことばかりではないし、ほら、好きこのんで寒い冬山で苦労することを選ぶひともいるわけだから、、、というわけです。

以上、さっき思いつきました。

独立の一句としてそういう句は実はたくさんあると思いますが、10とか10x10とかの塊で作者も読者も一緒になってもがき苦しむ、みたいな世界があるのもいいなあ、と。

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というようなことを思いつきで書いて一晩置いておいたら、放哉とか山頭火みたいな人達は句集まるごとふしあわせ系なのではないのか、と脳内の誰かが言いました。そうかもねーと呟きながらも、それはなんか違うなーと思ってしばし黙考。考えてみると僕が想定していたのは、フィクションとしてのふしあわせ系俳句であって、放哉や山頭火のノンフィクションあるいは日記系文学としての俳句とは違うのでした。

そこであらためてはたと気がついたのは、そもそも俳句の主流、本流はノンフィクションであるということでありまして、うえに書いたことは要するに、ある主題を持ったフィクションとしての句群を100句くらいの塊で構成するということなんだなあと漸く自覚した次第でござる。むーーー、大変そう。




5 件のコメント:

  1. たましひがあつてふしあわせなよかん

    土曜日は、裏山でとれた筍の水煮を
    日曜日は、冷凍にするいたどりの下処理を
    キロ単位で姑としました。
    春は山菜に追い立てられているような気がします。

    隣の親戚の家では、五月の節句用ののぼりが三本立ちました。
    男の子が生まれると親戚連中がお祝いに贈ります。
    こいのぼりの竹も一本立てていますが
    大きすぎて空を泳ぐことはめったにありません。

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  2.  ふしあわせ を ふしあはせ に。

    たましひがあつてふしあはせなよかん

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  3. たかこさん、うん、よかんします。

    イタドリ、そんなに食べるんですか。僕の田舎では食べてなかった。食べてたのは、筍、わらび、蓬くらいじゃないかな。いや、ウドとか蕗もそうか。それに、芹、タラの芽、、、結構ありますね。野生のニラも食べたかな。あと茸はいろいろあったなあ。

    でも。何キロってことはなかったですね。どれもちょっとづつ。

    中部関東の山のなかと違って、四国は植物がよく成長するんでしょうね。愛媛も徳島も遠くから見ても森の濃さが違う気がしました。やっぱり万緑ですね。


     魂無くて高く泳ぐや鯉のぼり

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  4. いたどりを塩につけて冷凍しておいたものを
    一年かけて食べて行きます。
    塩抜きして、豚肉とか油揚げとかとさっと炒めます。
    高知の家庭料理です。隣の愛媛でも香川県でも見かけませんでしたから
    高知独特のものかもしれません。

    高知ではいたどりは日曜市でも売られていますが
    土筆は食べません。
    休耕田に一面に生えている土筆は雑草扱いです。
    もったいないなあと思いますが
    料理しても家族は食べませんので(気味悪がって。)
    食卓に上がることはなくなりました。

    今回、特にいたどりがたくさんあったのは
    主人が山に入っておもしろくて山ほど採ってきたせいです。

    筍も裏山から掘ってきたのが12本ありました。
    これは流石に我が家だけでは消費出来ず
    親戚やご近所に声をかけました。

    くろやぎさん、いたどりをとる主人について我が家の休耕田を見に行って来たんですけど、驚くほど変わっていました。
    背の高い雑草がはびこって違う場所のようでした。

    おおげさですけど、猿の惑星のラストシーンみたいな。上手く言えないけれど。

    あんなに荒れたらもうたんぼや畑に戻すのは無理何だろうなあと思います。

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  5. いたどりは高知で食べるんですね。高知はながいこと行きたい、行って太平洋を見たいと思っているんですがなかなか機会がありません。僕の田舎でも荒れ果てた畑があります。なんというか、見ていて体の芯が冷えてくるような感じがして、つらいです。文明は衰退しているんでしょうか。

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