2013年6月5日水曜日


虹架ける轟音我は聞かざりき




虹が生まれるところを見たことがあるという人がいて、とても口惜しかった。ひとの経験をうらやむ年齢でもないのだけれど、これは別。

虹といえば、子どもの頃、家の近所にすごく立派な虹ができたことがあって、その根元は保育所の裏のお寺のあたりにありそうだった。なんとしても消える前に行かねばならぬと、三、四人の仲間と夢中で走っていった覚えがある。バス停の下の坂をぎゃあぎゃあ言いながら走り下りているあたりは鮮明に記憶しているのだが、雑貨屋の前あたりで記憶は途切れ、その先がどうしても思い出せないのである。

2 件のコメント:

  1. うふふ、たぶんくろやぎさんはそのときに始まりを見たんですよ。
    きっとまだ始まったばかりで虹の秘密の一端が残ってた。
    だから記憶を消されてしまって残響だけ憶えてるんです、きっと。

    わたしが見たのは海上で、海面のほんの少し上からふいに立ち上がっていた。
    もちろん宝物もなく、ドロシーもおらず、ただただ静かに始まってた。
    わたしが船長だったら迷わず舵を切って突入したのですが、残念ながら甲板でぼうっと眺めているだけでした。
    ずっと昔の夏の終わりの小笠原丸。もう一度乗りたい。

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  2. そんな、記憶を消されたなんて、ヒカガクテキな。

    その虹はホントに立派な、それこそぼくの人生で二度と目にしたことのないくらいの、太くてがっしりとした虹だったんですよ。それでその時に、きっとその虹の根本に辿り付けたはずなんだけど、そこで見たものを忘れてしまっているという、、、 人生最大の忘れ物、、、嗚呼


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