2012年3月17日土曜日
鞭
ひとごとや打つ鞭ことごとくS字
全然関係ないが、映画の一シーンだと思うけど、何の映画か思い出せない映像が脳に浮かんで、消去しようとしてもなかなか消せないことがあるわけです。ずっとリピート再生され続けている。人と話している間も、こうして駄文を弄している間も。そういう映像って、なんか定型化、様式化されているようなところがあって……
これもまた全然関係ない話ですけど、裁判官の人とかいるじゃないですか、あのひとたちって、原告にしても被告にしても感情移入しないわけですよね、っていうか、感情移入しないように徹底的に訓練されている。法律の枠組みにしたがって、どの要件とどの要件を満たすから不法行為、これが欠けてるからそうじゃない、とか判断するわけですよね。そのときに、この人はすごくつらそうで可哀想だから相手が悪いに違いない厳しくしとこう、とか、そういうふうに感情移入しちゃうとある意味公平じゃないから、そういうことがないように訓練するわけで。それってすごいことだと思うわけです。つらそうで可哀想な人には感情移入するのが、ふつうの人間としては、ある意味で当たり前のことなわけですよね。でもそれはしちゃいけないわけです、かれらは。超人的っていう言葉はふつうは全然べつの意味で使うわけですが、ある意味で裁判官の人たちのそういう訓練っていうのは、超人=人を超えた存在になるための訓練なわけじゃないですか、ええ。
それでこれもまた関係ない話ではあるのだが、そういう訓練なんて全然受けていないのに、それに近いような判断を迫られる場面があるのであるわけです。はあ、つらい。
2012年3月15日木曜日
ノート
こはくない、ただまっ白な紙だから
今朝、目が覚める直前に何か忘れているような気がして、はっとして目が覚めた瞬間にその「はっ」のことを忘れたが、さっき会議でうつらうつらして寝落ちしそうになった瞬間に突然思い出した。三月の春愁に沈んでいるあいだ、このブログのことを忘れていたのだった。
閑話休題。忘れないでおこうと思ったことを、ノートか何かに書いておくと、ノート自体をすぐに失くしてしまうので、失くさないようにグーグルのお力を借りることにして、このブログを始めたのだった。だから、こんなどこかの日記にあるようなどうでもよいことを書いている場合ではない。
それで本論に入る前に、もう少し正確に書いておくと、ノート方式がダメなことがよおく分かったので、紙の物理媒体であるところのノートの代わりとして、電子的なクラウド媒体としてのツイッターを使おうと思いたったのだった。しかし、ちょっと使ってみると、ツイッターは、失くさないようにと書いたはずのメモが、いつのまにか、日々のささやかな囀りの集積に埋もれてしまって、あとから掘り起こすのが大変になる、ということがわかった。ということでツイッターでは、俳句のようなものを書き散らすことになったのだった。
そうすると今度は、その俳句のようなものについて何か書いておきたい気がして、でもそれを俳句のようなものと一緒に書くと埋もれてしまうので、それならということで、囀り以外用のアカウントというのを作ってみたのだったが、それもいつのまにかごちゃごちゃしてしまったので、少し整理しようと思ってブログを始めたのだった。
それでもうこんなことを書いている場合ではないのだが、忘れないうちに書いておくと、その囀り以外用のアカウントというのは、鍵も何もかけていないのだが、なぜか誰もフォローしてくれないのである。なるほど、ツイッターというのはそういうものか、と何かだいじなことが分かったような気がしている。本当はたいして大事なことではない。
ええと、何を書こうとしていたんだっけ。
そうだ。思い出した。これだ。
「文化は、普通そうは考えられてないけれども、危機、クライシスに直面する技術であるということね。」 山口昌男
山口昌男はむかし「知の遠近法」とかが流行った頃に何冊か読んでその後ずっとご無沙汰している。最近20年くらいの間にどういうことを言っているのかは全くしらない。上に引用した言葉もじつは山口昌男の本かなにかから直接引用しているわけではなくて、大江健三郎が何かで書いていたのを忘れないでおこうと思って、ツイッターにメモしておいたものである。わたくしのツイッターのお気に入りの一番最初のところにあったのをさっき見つけ出したのである。この発言、あたかも去年か今年のもののように見えるが、わたくしのメモが2009年である。山口の発言自体はもっと以前のものだろう。
それで、この言葉の前後の文脈は全くわからないのだが、危機に直面したときに大切なのは、政治とか科学技術とかそういう即物的な道具だけではないよね、という話。その時もハッとしたのだが、さっきあらためてハッとさせられたのである。どうせまた忘れるので、次にまたここを読み返してあらためてハッとするために何度でも書くのである。
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